【担当事件】トラックドライバー(運転手)の残業代請求 具体的事例の契約書を解説します。その1
1 はじめに
具体的事例をもとに解説をした方が伝わりやすいと思いますが、なかなか、そのような解説記事はないように思います。そこで、私が過去に担当したトラックドライバー(運転手)の残業代請求事件について、具体的事例の契約書をもとに解説をしたいと思います。
定額残業手当の金額、契約書締結までの流れが重要であった事例について解説します。
2 契約書の内容
契約書の内容は以下のとおりです。以下では、契約書の①~④ について解説します。
3 ①過労死ラインの残業を前提とする定額残業代となっている
定額残業手当が残業80時間相当として支給されています。残業80時間は「過労死ライン」と呼ばれる危険な残業時間です(過労死ラインについては【労災】脳・心臓疾患の労災認定基準の基本を説明します。 (fukuoka-roudou.com)を参照)。
このような残業を恒常的にさせる合意は無効となる可能性が結構あります。無効になれば、残業代を計算する際の賃金単価(≒時給)が大幅に上がります。
本件では、定額残業手当100,000円が残業代の支払いとして有効なら、賃金単価は基本給150,000円÷160時間=937円ですが(※)、無効なら賃金単価は(基本給150,000円+定額残業手当100,000円)÷160時間=1,562円となります。1月100時間の時間外労働があったとすれば、ひと月62,500円(=(1,562円-937円)×100時間)の残業代の違いが生じます。
※実際には、業務手当、通勤手当なども残業代を計算する基礎賃金に該当する可能性がありますので、その該当性も検討しないといけません。
3 ②定額残業手当を超える残業をしたのに残業代が支払われていない
② ①の対象の80時間の残業を超える残業をしたら契約超残業手当を支払うとの記載があります。この記載があると、定額残業手当が、残業代の支払いとして有効になる可能性が高まります。なぜなら、本当に定額残業手当が残業代ならば、定額残業手当を超えた残業をしたら追加で残業代を支払わないといけないからです。
しかし、実際には、超過分の残業代の支払いはされていませんでした。そうなると、①は、残業の対価ではないと推認され、①による残業代の支払いは無効となる可能性が高くなります。
4 ③契約当時の説明内容が重要
③入社当初、基本給25万円と説明されており、給与明細にも基本給25万円と記載されていました。よって、基本給25万円の契約が当初成立していたといえる可能性が高いです。
このうち10万円を残業代とする上記労働契約書は、労働条件の不利益変更になります。このような不利益変更は、就業規則の変更より行うか、労働者の同意を取らないといけません。
この契約書によって、労働者の同意があったという主張が使用者からされる可能性がありますが、労働者が契約書にサインしても、それが有効となるには、そのサインが労働者の「自由な意思に基づくものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在」する必要があるとされています。
①で説明したとおり、この契約書が有効になれば、100時間の残業をしたときに、労働者は、ひと月62,500円も損をすることになります。普通はこのような不利益を自由な意思で受け入れる不利益が大きく、自由な意思によるサインではないと考えられる可能性が高いです。そうなると、定額残業手当による残業代支払いは無効となります。
5 ④労働者が会社に与えた損害すべてを賠償しなければならないわけではない
④労働者の責任で損害を会社に与えたとき、全額を負担しなければならないことは少ないです(【損害賠償請求】トラックドライバー(運転手)の事故により会社に損害が生じても賠償義務は減免され得ます。 (fukuoka-roudou.com)参照。)このような契約書にサインしていたとしてもそうです。直ぐに損害を支払わないようにしていただきたいと思います。