労働に関するお悩みはお気軽にご相談ください

tell-iconお電話での
ご相談予約はこちら

mail-iconメールでの
お問い合わせはこちら

LINE

トップページ

【安全配慮義務違反】陸上自衛隊員に対する上司からの暴行・暴言と適応障害発症及び自死の相当因果関係を否定した地裁判決を変更した福岡高判令和6年10月2日判例集未搭載を解説します。

トップページ

1 はじめに


 たとえば、上司の暴言・暴力により部下がうつ病や適応障害などの精神疾患に罹患し自死した場合に、上司の暴言・暴力の程度が弱いものであったり、部下側が元々精神的に脆弱だったりすると、上司の暴言・暴行と部下の精神疾患や自死との間に相当因果関係がないと判断されることがあります。

 本件は、陸上自衛隊員に対する上司からの暴行・暴言と適応障害発症及び自死の相当因果関係について、熊本地判令和4年1月19日判例時報2540号48頁はこれを否定しましたが、福岡高判令和6年10月2日判例集未搭載(新谷晋司裁判長)はこれを肯定しました。

どこで判断が分かれたのか、その点について検討します。

 

2 結論


 結論からいえば、地裁は加害行為(言動)について心理的負荷が強いとは考えておらず、高裁は強いと考えたという点に帰着すると思います。

 地裁は、加害行為(言動)が短時間で行われたこと被害者の精神の脆弱さが適応障害の発症に一定の影響を与えたことから、自死に至るまでの加害行為(言動)とはいえない(自死を予見できない)としたのに対し、高裁は、医師が被害者の受けた心理的負荷が強く、かつ、素因と評価できる脆弱さもないと述べていることを踏まえて、加害行為(言動)の心理的負荷が強いと考えたと思われます。

 

3 事実関係


 ⑴ 登場人物

 被害者Aは、陸上自衛隊の陸曹候補生過程に入校し、共通教育中隊に配属中でした。

 加害者Y1は、Aが所属していた第1区隊の区隊長かつ学生全体の躾教育を担当する役割を担う同期生会指導部の指導幹部でした。

 加害者Y2は、学生全体の教育を担当する指導陸曹でした。

 ⑵ 地裁において安全配慮義務違反に当たると判断された言動

 以下の出来事が2日間で生じました。

  ア Y1の言動

①Y2がAに胸倉を掴む暴行を加えた際,8mほど離れていた場所からその状況を見ていたにもかかわらず、Y2の暴行を制止せず,そのことを咎めもしなかったこと

②Aに対して、伝令業務ができていない者としてAに全学生の前で手を挙げさせ、全学生に午後8時10分まで躾教育で教育された事項を話し合うよう指示したこと

③当直室に伝令業務の要望事項を聞きに来たAに対し,お前のような奴は殺してやりたいくらいというような発言をしたこと

  イ Y2の言動

Aの胸倉を両手で掴んで揺すったこと

⑤上官であるY1がAに自分の半長靴は自分で磨くので伝令業務はしなくて良い旨の指示をしているにもかかわらず,Aに伝令業務を行うように強要した言動

 なお、安全配慮義務違反に該当する言動の事実認定は、高裁判決でも変わっていません。(あまり関係がないかもしれませんが、地裁では適応障害を発症した認定されましたが、高裁では適応障害あるいは重症うつ病エピソードを発症したという事実認定の違いはありました。)

 

4 相当因果関係に関する判断


 ⑴ 地裁判決

 地裁判決の判断は以下のとおりです。なお、判例秘書で確認した原文ではAは「本件学生」、Y1は「被告A」、2は「被告B」とされています。

「 ア もっとも,AがY1及びY2から個別的・直接的な指導を受けていたのは,平成27年10月5日及び6日の2日間のみであり,そのうちY1及びY2から安全配慮義務に違反する指導を受けたのは同月6日午後6時45分頃から午後9時30分頃までの短時間にとどまり(特に,Y2の安全配慮義務に違反する指導は同日午後6時45分頃の1回である。),Aは,その後急速に精神的不調をきたし,同月7日未明には自殺を決意するに至っているところ,そのような短期間にAと従前全く交流がなく,Aの「入校所見」や「本教育における抱負」を閲覧しておらず特段Aに注意をしていなかったY1及びY2(前記第2の2(4)コ)において,自らの指導によりAが自殺を企図するまで追いつめられることを予期して殊更に狙い撃ち的な指導を行っていたとは考え難い。
   イ また,Aの遺書の「自分は本当にダメな人間です。」「随分前から自分は人より遅れているなという劣等感ばかり抱いていました」という記載(前記第2の2(5)ア)からは,Aが共通教育中隊入隊前から相当程度の劣等感や自己否定感を有していたことが推認されるのであって,それらが適応障害の発症に一定の役割を果たした旨の自衛隊d病院のK医官の意見(乙32)も併せ考慮すると,Aが自殺に至った背景には,Y1及びY2の各指導以外の事情も存在したことが窺われる。そして,Y1及びY2の安全配慮義務に違反する指導が1日の(しかも短時間)のうちに行われたものであって継続的なものでなく,その強度も繰り返し暴行や脅迫を受けたようなものとは異なることからすれば,Aが上記安全配慮義務に違反する指導の翌朝までの間,急速に精神的不調を来して適応障害を発症し,自殺に至ることまでをY1及びY2(その他共通教育中隊の基幹隊員を含む被告国の職員)が予見することは困難であったといわざるを得ない。

 ⑵ 高裁判決

「ア 心理的負荷による精神障害の労災認定基準や精神疾患等の公務上災害の認定基準は、特定の精神疾患(ICD-10のF0から貢4に分類されるもの)を発症後に症状が継続していた場合、当該精神疾患の病態として自死念慮が出現する蓋然性が高いと医学経験則上認められることを前提に、公務により当該精神疾患(ICD-10のF 2からF4 に分類される精神障害を想定)を発症し、その後症状が継続していた場合には、特段の事情が認められない限り、公務による精神疾患が正常な認識、行為選択能力を著しく阻害するなどして自死に至ったものとして、公務と自死との相当因果関係を推認する旨定めているところ、適応障害もその精神疾患に含まれるとしており、I CD-10と並んで世界的に精神疾患の診断基準として用いられているDSM-Vでは、適応障害が自死既遂の危険の増加と関連する旨や適応障害が自死行動の見られる精神疾患である旨が記載されている。

さらに、複数の医師が、適応障害によっても自死が起こる危険性は高いとの意見を述べ、同医師らは、いずれもAの受けた心理的負荷が強度であり、公務外の心理的負荷は見当たらず、本件学生に素因と評価できるようなぜい弱性も存在しないと意見を述べていることを踏まえると、Aが、被控訴人Υ1及び Y2の違法な指導によって適応障害あるいは重症うつ病エピソードを発病し、それらの精神疾患が原因となって自死に至ったことは、想定される範囲内の予見可能な経過と評価できるから、被控訴人Y1及び同 Y2の違法な指導と本件学生の自死という結果の間には相当因果関係があると認められる。」

「また、適応障害から自死に至ることはまれであって確率的には低いとの意見については、アで判示した判断の内容や、意見を述べた医師も、適応障害と重度うつ病エピソードのいずれの診断であっても、病態理解や初期の治療方針に違いはないとして、保護的環境下で衝動行為に注意しながら経過観察を行うという治療方針であると述べており、Aについても、自死を念頭に翁いた治療や措置を行うことを否定していないと解されることを踏まえると、前記認定を覆すに足りない。」

 

5 コメント


 認定基準は、対象疾病となる精神疾患を発症した場合、①「強い心理的負荷を与える業務上の出来事」があれば、②「業務外や個体側の要因がない」限り、精神疾患の発症の業務起因性を認め、また、③「対象疾病の発症後特段の事情が認められない」限り、業務による精神疾患が正常な認識、行為選択能力を著しく阻害するなどして自死に至ったものと推認すると考えています。

 そのため、安全配慮義務違反を考えるに当たっても、加害者側に①の認識があれば、②③の事情がない限り、自死結果についても予見可能と考えることになると思います。

 そのため、認定基準やその前提となっている医学的知見からすれば、結局、業務上の出来事が与える心理的負荷が強かったのかという点によって、相当因果関係の肯定・否定が分かれると思います(ただし、②③の検討は当然別途必要です。)。

 高裁は、①があり、それを認識していれば、②③があるという例外的な場合でないと、相当因果関係が認められると判断していますが、少しピントがずれているように思います。なぜなら、問題となっているのは、①があるかどうか、つまり心理的負荷が強い加害行為があったかの問題であり、①があることを前提としてどう考えるかが問題となっているわけではないからです。高裁が①の心理的負荷が強いと認定した根拠は「医師らは、いずれもAの受けた心理的負荷が強度…と述べている」ことに限られているように思われますが、それが信用できることの検討がされておらず、舌足らずな感じが否めません。

心理的負荷による精神障害の労災認定基準精神障害のパワハラの場合は、以下の出来事があれば、心理的負荷が「強」と判断されます。

・ 上司等から、暴行等の身体的攻撃を反復・継続するなどして執拗に受けた

・ 上司等から、次のような精神的攻撃等を反復・継続するなどして執拗に受けた

 ▸ 人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がない又は業務の目的を大きく逸脱した精神的攻撃

 ▸ 必要以上に長時間にわたる厳しい叱責、他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責など、態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃

 ▸ 無視等の人間関係からの切り離し

 ▸ 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことを強制する等の過大な要求

 ▸ 業務上の合理性なく仕事を与えない等の過小な要求

 ▸ 私的なことに過度に立ち入る個の侵害

 本件との関係では、「執拗」と評価できるかが判断の別れ目ではないかと思います。

 「執拗」とは「たとえ一度の言動であっても、これが比較的長時間に及ぶものであって、行為態様も強烈で悪質性を有する等の状況がみられるときにも「執拗」と評価すべき場合があるとの趣旨であると理解されており、このことからすれば、本件は「執拗」と言えるのではないかと思います。

幸せな生活を取り戻しましょう