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【安全配慮義務違反】地裁では敗訴したものの高裁では逆転勝訴した適応障害発症・自殺の業務起因性が争点になった青森三菱ふそう自動車販売事件・仙台高裁令和2年1月28日労働判例1297号147頁を解説します。

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1 はじめに


 本件は、被災労働者が適応障害を発症し自殺したことが会社の安全配慮義務違反に基づいて発生したのかが争われた事案です。

 本件のポイントとしては、

①地裁では、原告(労働者側)は長時間労働のみを安全配慮義務違反の基礎事由として主張していたようであったところ、高裁では、「仕事の量・質」として、試用期間から本採用となり、車検整備業務を一人でするようになり、当初小型車担当からその後大型車も担当するようになったことについて心理的負荷「中」とされ、これも考慮されたこと

地裁と高裁で時間外労働時間の認定に関する証拠の評価の在り方が大きく異なったおと

が挙げられると思います。以下、②の点について具体的に見ていきましょう。

 

2 地裁と高裁の時間外労働時間の認定に関する証拠評価の違い


 ⑴ 時間外労働時間の認定に関する証拠

時間外労働時間の認定に関する証拠としては、主に

 ①被災労働者自身が残業時間を記載した就業時間報告書

 ②LINEのメッセージ

 ③従業員の証言(長時間労働がなかったという証言)

 ④被災労働者の生活状況を見ていた父の供述

がありました。それぞれ分けて検討します。

 ⑵ ①被災労働者自身が残業時間を記載した就業時間報告書

  ア 就業時間報告書

 労基署は就業時間報告書をもとに適応障害発症前6か月間の亡Aの時間外労働時間を認定しているようですが、これは、順次以下のとおりでした(なお、死亡時は平成28年4月16日です。)。

平成27年7月6日から同年8月4日までが 99時間

同月5日から同年9月3日までが      76時間

同月4日から同年10月3日までが     86時間50分

同月4日から同年11月2日までが    105時間30分

同月3日から同年12月2日までが     70時間10分

同月3日から平成28年1月1日までが   65時間

  なお、これより後の期間においても終業時間報告書は存在しましたが、月80時間の水準を20時間以上も下回る月が多かったです。

  イ 地裁の評価

 従業員の証言から、職場では月80時間を超えないように記載するように求められていた旨が認定されており、「就業時間報告書は実際の作業時間よりも少なめに記載していた可能性も否定できない。しかし,亡Aの就業時間報告書上の残業時間は,月80時間の水準を20時間以上も下回る月が多く(上記1(4)カないしケ),こうした記載状況等も踏まえると,亡Aが,就業時間報告書に記載された残業時間を大幅に超えて,全期間を通じて月80時間以上の残業に従事していたものとみることには疑問がある。」としました。

  ウ 高裁の評価

 「亡Aの就業時間報告書には月80時間を相当下回る時間外労働となる終業時間が記載されたものもあるが,亡Aが,日々,当該月の総時間外労働時間を算出してこれを念頭に置いた上で終業時間を記載したとは考え難く,むしろ,先輩従業員より遅い時間を書くわけにはいかないので先輩従業員の終業時間に合わせて記載し(Dはこのようにしていた旨陳述する。甲29),あるいは,日々,適宜抑制的に終業時間を記載した可能性もあること等からすると,控訴人X1の上記供述等は,少なくとも大筋において信用することができる。」

  エ 評価

 本当に長時間労働をしていれば、時間外労働時間について、80時間を超えないように指導されていたとしても、20時間も下回ることはないのではないかという地裁の考え方に対し、高裁は、月の総時間外労働時間を念頭に置いていたとは考え難く、先輩従業員より長い時間を書けなかった結果20時間も下回った可能性がある旨指摘しており異なる評価をしています。

 ⑶ ②ラインのメッセージ

  ア ラインのメッセージの内容

 また、就業時間報告書記載の終業時刻から随分遅れて(仕事が)「今終わりました(笑)」などのメッセージが送られていました。

  イ 地裁の評価

 このようなメッセージについて「メッセージは私的なやりとりに関するもので,また,亡Aが退社後にどこでメッセージを残したのかも明らかではなく,これらから直ちに亡Aの終業時間を推認することはできない。」と評価しました。

  ウ 高裁の評価

 「これらのメッセージは,亡Aが当時の日常における家族とのやり取りの過程で発信したもので,敢えて虚偽の連絡をすべき事情は窺えないから,その内容は真の終業時間を反映したものと認められる。」としています。

⑷ ③同僚の証言(長時間労働がなかったという証言)

 地裁判決には言及がないのですが、高裁判決では、「亡Aの状態に特に異常を感じなかった旨陳述する従業員は全て被控訴人に在職中の者であって(乙70,281~284,286),陳述の信用性については慎重な検討が必要である」と指摘しています。在職中の労働者は会社に不利なことは言いにくいという経験則が示されているといえます。

⑸ ④被災労働者の生活状況を見ていた父の供述

 ア 被災労働者の父の供述内容

   被災労働者の父は、「亡Aは,首つり自殺を図るまで,その健康上の問題が具体的に指摘されていたことはなく,精神面での不調を理由とする通院の事実等もない。亡Aは,首つり自殺を図る当日まで,被告での勤務を欠勤することなく継続し,休日においても,買物や趣味の時間を過ごすなどしている」と供述しました。

  イ 地裁の評価

「原告X1(※被災労働者の父)は,亡Aが,平成28年1月頃から,五,六回にわたり原告らに自殺をうかがわせるような発言をしていたことや,原告X1が,亡Aの状態を心配して,亡Aに対し,病院へ行くよう言っていた旨供述する(原告X1・2,10頁)。しかしながら,原告X1は,亡Aが首つり自殺を図った後の被告側との面談において,亡Aの精神面の不調について何ら言及しないで,事故死とする被告の説明をそのまま受け入れて,亡Aが事故死したとして生命保険金の給付手続を行っており(上記1(7),(9)),このような原告X1の言動と上記供述内容とは整合しないきらいがあり,上記供述部分は,直ちに採用することができない。」と評価しました。

  ウ 高裁の評価

「①控訴人X1(※被災労働者の父)はそれまでに被控訴人側から事故死と思われる旨の説明を受けていたこと,②親心として亡Aが自殺したと考えたくなかった旨の控訴人X1の説明(甲15)は理解できること,③控訴人X1は保険会社から亡Aは自殺であるとして生命保険金の支払を拒絶された後,これを争わず,亡Aの自殺を前提として本訴提起に至ったこと等に鑑みると,上記事実(※「ア 被災労働者の父の供述内容」)をもって,控訴人X1の供述等の信用性を覆すには足りない。」と評価しました。

 

3 会社の責任原因に関する判断


 ⑴ 地裁

 「亡Aが,就業時間報告書に記載した残業時間を大幅に超えて,原告らが主張するような常軌を逸した長時間労働が常態化していたものと認めるに足りない。本件証拠上うかがわれる亡Aの時間外労働時間からは,亡Aの自殺に直結するほどの長時間労働であったと認めることはできない。」としました。

 ⑵ 高裁

 「亡Aが適応障害を発症して自殺を図るに至ったことについては,被控訴人八戸営業所の長であるH所長及び亡Aの上司であるF課長代理において,亡Aに業務上の役割・地位の変化及び仕事量・質の大きな変化があって,その心理的負荷に特別な配慮を要すべきであったところ,亡Aの過重な長時間労働の実態を知り,又は知り得べきであったのに,かえって,従業員が実労働時間を圧縮して申告しなければならない労働環境を作出するなどして,これを軽減しなかったことに要因があるということができ,H所長らには亡Aの指導監督者としての安全配慮義務に違反した過失がある。そうすると,被控訴人は,使用者責任に基づき,控訴人らに対し,亡Aの死亡につき同人及び控訴人らが被った損害を賠償すべき責任がある。」としました。

 

4 コメント


 同じ事実についても、他の事実との関係を踏まえるなどして、地裁と高裁で異なる評価がされることは少なくないです。代理人として安全配慮義務違反が認められる方向での事実の評価を積極的に主張することが求められます。

幸せな生活を取り戻しましょう