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【安全配慮義務違反】過重な業務がなくとも、うつ病から自死(自殺)が生じた場合に、安全配慮義務違反が認められる場合があります。

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1 はじめに


 過重な業務(令和5年9月1日付「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(基発 0901 第2号)(001140929.pdf (mhlw.go.jp))における心理的負荷が「強」となる業務の意味でこの表現を使います。)が認められない場合でも、使用者に安全配慮義務違反が認められることはあるでしょうか?

 結論から言えば「ある」になります。

 以下では、裁判例で認められた安全配慮義務の具体的内容、予見可能性の対象及び程度、過重な業務はなかったものの使用者に安全配慮義務違反を認めたティー・エム・イーほか事件・東京高判平成27年2月26日労働判例1117号5頁について解説します。

 

2 裁判例で認められた安全配慮義務の具体的内容


 裁判例で認められてきた安全配慮義務の具体的内容を整理すると以下のとおりとなると言われています(古川拓『労災事件救済の手引き』(2017年、青林書院)232頁から引用。また、石村智「労災民事訴訟に関する諸問題-過労自殺に関する注意義務違反、安全配慮義務違反と相当因果関係を中心として-」判例タイムズ1425号36頁にも同様の分類の記載があります。)。

 ⑴ 適正労働条件措置義務

 労働者が過重な労働が原因となって健康を破壊し、過労死をすることのないよう労働時間、休憩時間,休日,労働密度,休憩場所,人員配置,労働環境等適切な労働条件を措置すべき義務(その前提として、これら労働条件等の業務の実情を把握する義務を含む)。

 ⑵ 健康管理義務

 必要に応じ(最低、雇入れ時及び年1回)、血圧測定,貧血検査、肝機能検査, 血中脂質検査、尿検査及び心電図検査の診断項目を含む健康診断又はメンタルヘルス対策(心身の健康相談やカウンセリング、ストレスチェック等)を実施し、労働者の健康状態を把握して健康管理を行い、健康障害を早期に発見すべき義務

 ⑶ 適正労働配置義務

 健康障害(高血圧症などの基礎疾患、精神障害その他既往症などによる)を起こしているか、又はその可能性のある労働者に対しては、その症状に応じて、休暇の取得,勤務軽減(具体的には夜勤労働や残業の中止、労働時間の短縮、労働量の削減等)。作業の転換、就業場所の変更等労働者の健康保持のための適切な措置を講じ (安衛66条の8第5項・66条の9など)、労働者の健康障害に悪影響を及ぼす可能性のある労働に従事させてはならない義務 (⑴で述べた業務の実情を把握する義務はこの義務の前提ともなる)。

 ⑷ 看護・治療義務

 過労により疾患を発症したか、又は発症する可能性のある労働者に対し、適切な看護を行い、適切な治療(救急車で病院に搬送する等)を受けさせるべき義務

 

 重要なポイントとして、労災が認定されるには、少なくとも過重な業務があったことが必要ですが、最三小判昭和50・2・25民集29・2・ 143頁及び最三小判昭和59・4・10民集38.6.55頁が判示しているとおり、安全配慮義務の具体的内容は労働者の職種、地位及び安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なります。①当該労働契約の趣旨・内容、②事業の種類、③労務提供の方法、④労務給付の場所、⑤施設の具体的状況などの諸事情を総合的に考慮して安全配慮義務の具体的内容は決定されることになります(西村健一郎「使用者の安全配慮義務」ジュリ増刊「労働法の争点」(新版) 257頁)。

 例えば、上記の⑶適正労働配置義務や⑷ 看護・治療義務は、(一定の疾患が過重な業務から生じていなくとも)一定の疾患を発症していることを前提として、使用者に一定の義務を認める類型といえます。

 使用者が労働者の疾患や健康状態の悪化を認識または予見すれば、それ以上、疾患等が悪化しないように一定の措置をとる義務が肯定される場面があるのです。

 

3 予見可能性の対象及び程度


 水町勇一郎「労働者(小児科医)のうつ病自殺と使用者(病院)の予見可能性 立正佼成会事件」の評釈 (ジュリ1393号116頁)では、各裁判例にみられる事例を、(A)症状認識型,(B)使用者有責型、(C)その他原因型に分類し、(A)症状認識型では、うつ病の症状の発生という結果が認識されている(または容易に認識できる)事案であるため、結果の認識(可能性)があったことがそのまま肯定され、(C)その他原因型では、業務の内容からうつ病発症や自殺という結果の発生を予測することが難しい事案であるため、うつ病発症や自殺という結果自体を認識・予見できたかが問われる傾向にあるとされ、(B)使用者有責原因型では、過重業務や上司による誹誇など使用者側に帰責性が認められ、かつ、うつ病発症という結果も認識されていない事案であり、結果発生につながる原因(うつ病発症のおそれや危険な状態の発生)の認識・予見可能性で足りるとされることが少なくないと分析されています(前述石村論文注13)。

 

4 ティー・エム・イーほか事件・東京高判平成27年2月26日労働判例1117号5頁


 この裁判例は、労働者が、過重な業務に従事したとはいえない状況下において、うつ病を発症し自死(自殺)したという事案です。

 この事案において、裁判所は、自死(自殺)までは予見できなかったとして、死亡に関する損害賠償を認めませんでした。しかし、「本件では,実際に一郎(※被災労働者)が就労していた被控訴人派遣先会社A出張所の責任者であった被控訴人丁原は,一郎の休暇取得状況や早退の頻度からその健康状態について不安を抱き,被控訴人派遣会社に対して一郎の健康状態の確認を依頼しており,その依頼を受けた被控訴人乙山は平成22年4月7日に電話で一郎と話をし,また,被控訴人丁原自身も同月12日には一郎と面談などをしていることが認められるのであって,一郎の体調が十分なものではないことを認識することができていたのであるから,被控訴人派遣会社及び被控訴人派遣先会社は,それぞれ従業員に対する安全配慮義務の一環として,上記の機会や同年12月に一郎が自殺に至るまでの間に,一郎や控訴人花子らの家族に対して,単に調子はどうかなどと抽象的に問うだけではなく,より具体的に,どこの病院に通院していて,どのような診断を受け,何か薬等を処方されて服用しているのか,その薬品名は何かなどを尋ねるなどして,不調の具体的な内容や程度等についてより詳細に把握し,必要があれば,被控訴人派遣会社又は被控訴人派遣先会社の産業医等の診察を受けさせるなどした上で,一郎自身の体調管理が適切に行われるよう配慮し,指導すべき義務があったというべきである。それにもかかわらず,被控訴人派遣会社及び被控訴人派遣先会社は,いずれも一郎に対して通院先の病院や診断名や処方薬等について何も把握していないのであって,従業員である一郎に対する安全配慮義務を尽くしていなかったものと認めることができる。」として、慰謝料200万円の損害賠償請求を認めています。

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