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【労災・精神疾患・既往症】精神障害が悪化した場合の業務起因性に関する新・旧認定基準の考え方について説明します。

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1 はじめに


 もともと精神障害を有する労働者が精神障害を悪化させた場合の業務起因性(労災であると判断すること)はどのように考えるべきでしょうか。

 既往症があればストレスに脆弱であるため、業務上一定のストレスがかかって精神障害が悪化したときに、それは業務のストレスのためでなく、既往症が主たる原因であるので原則として業務起因性を否定し、とても強いストレスの場合に限って労災認定すべきでしょうか。

それとも、既往症ない労働者との関係で、労災認定レベルにある業務上のストレスがあれば、既往症がある者との関係でも労災認定すべきでしょうか。

この点に関する旧認定基準、裁判例、新認定基準の考え方を説明します。

 

2 旧認定基準の考え方


 旧認定基準(平成23年12月26日付け基発第1号)では、「第5 精神障害の悪化の業務起因性」 において、「業務以外の原因や業務による弱い (「強」と評価できない)心理的負荷により発病して治療が必要な状態にある精神障害が悪化した場合、悪化の前に強い心理的負荷となる業務による出来事が認められることをもって直ちにそれが当該悪化の原因であるとまで判断することはできず、原則としてその悪化について業務起因性は認められない。ただし、別表1の「特別な出来事」(西野注:たとえば「生死にかかわる、極度の苦痛を伴う、又は永久労働不能となる後遺障害を残す業務上の病気やケガをした」など。)に該当する出来事があり、その後おおむね6か月以内に対象疾病が自然経過を超えて著しく悪化したと医学的に認められる場合については、その「特別な出来事」 による心理的負荷が悪化の原因であると推認し、悪化した部分について、労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該当する業務上の疾病として取り扱う。」としていました。

 このように要件が極めて厳しかったため、精神障害の悪化について業務起因性が認められた事例はほぼ存在しませんでした。

 しかし、日本の労働環境において、一定の精神障害を抱えつつ就労する労働者は少なくなく、これらの方こそ労災保険制度によって保護する必要性が高いと考えられます。

 また、別表1(001140929.pdf (mhlw.go.jp)14頁以下)の特別な出来事以外の具体的な出来事のうち心理的負荷の強度が、総合考慮のうえ「強」となれば、精神障害にり患していない労働者との関係では、労災認定がされ得るのに、よりストレスに対する脆弱性を有する精神障害を有する労働者との関係では心理的負荷が「強」にあたる業務上のストレスがほとんど全く評価されないというのは、アンバランスな感が否めませんでした。

 

3 旧認定基準の考え方と異なるアプローチをとる裁判例


 国・北九州東労基署長(TOTOインフォム)事件・福岡地判令和4年3月18日労働判例1286号38頁は、「専門検討会報告書上も、精神障害で長期間にわたり通院を継続している者の、症状がなく(寛解状態にあり)、または安定していた状態で、通常の勤務を行っていた者の事案については、「発病後の悪化」の問題としてではなく、治ゆ(症状固定)後の新たな発病として判断すべきものが少なくないことや、発病時期の特定が難しい事案について、些細な言動の変化をとらえて発病していたと判断し、それを理由にその後の出来事を発病後のものと捉えることは適当でない場合があることに留意する必要があるとされており、そもそも当該事案が「発病後の悪化」であるかの特定自体に一定程度の困難が伴うことがうかがわれかかる事情如何によって判断基準が大きく異なるのは、業務を要因とする労働者の疾病等に対して公正な保護を実現するとい労災保険法の趣旨(同法1条)に悖るというべきであるから、裁判所としては、上記の専門検討会報告書の考え方を踏まえた上で、当該労働者の具体的な病状の推移や具体的な出来事の内容等を総合考慮し、相当因果関係の認定を行えば足りるものと解される。したがって、一旦業務外の要因によって精神障害を発病したと認められる労働者がその後精神障害を発病ないし悪化した事案の相当因果関係判断についても、後者の発病ないし悪化の時点で前者の発病が寛解に至っていたか否かで形式的に異なった基準を適用するのではなく、発病ないし悪化時点での当該労働者の具体的な病状の推移、個別具体的な出来事の内容等を総合考慮した上で、業務による心理的負何が、平均的労働者を基準として、社会通念上客観的にみて、精神障害を発病させる程度に強度であるといえ、業務に内在する危険が現実化したと認められる場合には、当該発病ないし悪化についても業務との相当因果関係を認めて差し支えないものと解される。」と判示しています。

以上のとおり、この裁判例では、①「発病後の悪化」と②「新たな発病」の区別が困難なのに、①の場合にはかなり厳しい基準が採用され、②の場合にはそれと異なる(一般的な)基準が採用されるのは公正ではないとして、個別具体的に検討して、業務による心理的負荷が精神障害を発病させる程度に強度であれば労災認定すべきと判断してます。

 

4 新認定基準の考え方


 新認定基準(令和5年9月1日付け基発0901第2号)では以上の議論状況等を踏まえ、「第5 精神障害の悪化と症状安定後の新たな発病」「1 精神障害の悪化とその業務起因性」の項目において「また、特別な出来事がなくとも、悪化の前に業務による強い心理的負荷が認められる場合には、当該業務による強い心理的負荷、本人の個体側要因(悪化前の精神障害の状況)と業務以外の心理的負荷、悪化の態様やこれに至る経緯(悪化後の症状やその程度、出来事と悪化との近接性、発病から悪化までの期間など)等を十分に検討し、業務による強い心理的負荷によって精神障害が自然経過を超えて著しく悪化したものと精神医学的に判断されるときには、悪化した部分について業務起因性を認める。」との記載が追加されました。これにより、特別な出来事がなくとも労災認定される可能性が明示されました。

 また、「第5 精神障害の悪化と症状安定後の新たな発病」「2 症状安定後の新たな発病」において「既存の精神障害について、一定期間、通院・服薬を継続しているものの、 症状がなく、又は安定していた状態で、通常の勤務を行っている状況にあっ て、その後、症状の変化が生じたものについては、精神障害の発病後の悪化としてではなく、症状が改善し安定した状態が一定期間継続した後の新たな発病として、前記第2の認定要件に照らして判断すべきものがあること。」(西野注:既往症がない人と同じように、通常どおり、認定基準に該当するかを検討することになります。)と記載されました。

 労災認定を目指す側としては、まずは、その事案が症状安定後の新たな発病の事案であることを主張すべきことになります。

 

5 「精神障害が自然経過を超えて『著しく』悪化した」の『著しく』の意義について


 この「著しく」の意義を明示したものは確認できていません。

 もっとも、新認定基準の3、「(1) 業務以外の心理的負荷及び個体側要因による発病でないことの判断」の項目では「認定要件のうち、『3 業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対 象疾病を発病したとは認められないこと』とは、次のア又はイの場合をいう。

ア 業務以外の心理的負荷及び個体側要因が確認できない場合

イ 業務以外の心理的負荷又は個体側要因は認められるものの、業務以外の心理的負荷又は個体側要因によって発病したことが医学的に明らかであると判断できない場合」とされています。

仮に個体側要因として既往症の精神障害があったとしても、それによって発病したことが医学的に「明らか」と判断できない場合には、既往症の精神障害を理由に労災認定がされないということにはなりません。

労災認定を求める側はこの「明らか」についてしっかり主張すべきでしょう。

 

 

 

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