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【労災・過労死】会社の代表取締役などの役員に対する会社法429条1項に基づく損害賠償請求を認めた大庄ほか事件・大阪高裁平成23年5月25日労働判例1033号24頁を解説します。

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1 はじめに


 大きな企業において過労死が発生した場合、その損害は会社財産から支払われることになりますが、大きな企業にとっては微々たる金額であり、企業全体として、過労死を撲滅する体制を採るという動機が生じにくいです。

 しかし、代表取締役などの役員が損害賠償義務を負うことになれば、役員には、企業経営に当たって、過労死がなくなる環境を整える動機が生じます。

この裁判例は、過労死に関して、会社の代表取締役などの役員に損害賠償義務を負わせた判決として重要な判決です。

以下では、①会社の代表取締役などの役員に損害賠償義務を認めた判旨部分を確認し、付加的に、②時間外労働時間の主張立証がどのようになされたのかについて確認します。

 

2 会社の代表取締役などの役員に損害賠償義務を認めた判旨部分


大阪高裁は、次のように判断しました。

「会社法429条1項は、株式会社内の取締役の地位の重要性にかんがみ、取締役の職務懈怠によって当該株式会社が第三者に損害を与えた場合には、第三者を保護するために、法律上特別に取締役に課した責任であるところ、労使関係は企業経営について不可欠なものであり、取締役は,会社に対する善管注意義務として,会社が使用者としての安全配慮義務に反して,労働者の生命,健康を損なう事態を招くことのないよう注意する義務を負い,これを懈怠して労働者に損害を与えた場合には会社法429条1項の責任を負うと解するのが相当である。

 人事管理部の上部組織である管理本部長であった控訴人Fや店舗本部長であった控訴人D店舗本部の下部組織である第一支社長であった控訴人Eは,a店における労働者の労働状況を把握しうる組織上の役職者であって,現実の労働者の労働状況を認識することが十分に容易な立場にあったものであるし,その認識をもとに,担当業務を執行し,また,取締役会を構成する一員として取締役会での議論を通して,労働者の生命・健康を損なうことがないような体制を構築すべき義務を負っていたということができる。また,控訴人Cも控訴人会社の業務を執行する代表取締役として,同様の義務を負っていたものということができる。しかるに,控訴人取締役らが,控訴会社をして,労働者の生命・健康を損なうことがないような体制を構築させ,長時間勤務による過重労働を抑制させる措置をとらせていたとは認められない。
 控訴人会社は,給与体系として,基本給の中に時間外労働80時間分を組み込んでいたため,そのような給与体系の下で恒常的に1か月80時間を超える時間外労働に従事する者が多数出現しがちであった。また,控訴人会社の三六協定においては,時間外労働の延長を行う特別の事情としてイベント商戦に伴う業務の繁忙の対応と予算決算業務が記載されていたが,現実にはそのような特別事情とは無関係に恒常的に三六協定に定める時間外労働を超える時間外労働がなされていた。(西野注:36協定については、次のように認定されています。すなわち、被告会社のa店では,時間外労働,休日労働に関する協定(以下「三六協定」という。)を締結していた。その内容は,所定労働時間8時間のところ,1日3時間,1か月45時間,1年360時間の延長労働をすることができることを原則としつつ,特別の事情がある場合には,従業員代表と協議の上,1か月100時間,回数6回,1年については750時間を限度として延長することができるというものであった。そして,特別の事情とは,イベント商戦に伴う業務の繁忙の対応,予算・決算業務とされた。現に,a店においては,控訴人会社の他の店舗と比べて繁忙な店舗ではなく社員の負担も平均的な店舗であったにもかかわらず,繁忙期でもなかったGの勤務期間中に店長を含む多数の従業員の長時間労働が恒常化していたのであって,このことからすれば同様の事態は控訴人会社の他店舗においても惹起していたものと推認される(乙45,54,55からもこのことが窺われる)。そしてこのような全社的な従業員の長時間労働については,控訴人取締役らは認識していたか,極めて容易に認識できたと考えられる(なお,全国展開している控訴人会社においては,前記1(8)アに認定したとおり,全国的に組織化され人事管理部や店舗本部などによる監督体制が執られていたのであるから,各店舗における労働者の勤務態勢などについては全国的にある程度平準化されていたものと考えられる。)。
しかるに,Gの入社後研修においてもU部長が給与の説明に当たり1か月300時間の労働時間を例にあげていた状況であったし,社員に配布されていた社員心得である「o書」(甲100)では,出勤は30分前,退社は30分後にすることが強調されているが,働き過ぎを避ける健康管理の必要性には何ら触れられていない。また日々のワークスケジュールを作ることで,実質的に従業員の具体的勤務時間を決定しうる店長に配布されている店舗管理マニュアル(乙43)には,効率の良い人員配置が必要であることが記載されているが,社員の長時間労働の抑制に関する記載は全く存在していない。人事管理部においても勤務時間のチェックは任務に入っておらず,人事担当者による新入社員の個別面談においても,長時間労働の抑制に関して点検を行ったことを認めるべき証拠はない。
 以上のとおり,控訴人取締役らは,悪意又は重大な過失により,会社が行うべき労働者の生命・健康を損なうことがないような体制の構築と長時間労働の是正方策の実行に関して任務懈怠があったことは明らかであり,その結果Gの死亡という結果を招いたのであるから,会社法429条1項に基づく責任を負うというべきである。
そして,同様の理由から,控訴人取締役らの不法行為責任も優に認めることができる。」

 以上の判示から、会社法429条1項の責任が認められた理由として①時価外労働80時間を組み込んだ給与体系、②恒常的に36協定で定めた労働時間を超過した、③社内のマニュアルなどに働きすぎに注意する旨の記載がないことを指摘できるでしょう。

 

3 時間外労働時間(特に始業時間)の主張立証


 この事件では始業時刻の立証に工夫が見られるように思います。

① まず、この会社では、上司である店長や料理長がワークスケジュール(就労予定)を入力しており、当該労働者の勤務実績表では、概ね出勤時刻が10時になっていました。

② しかし,これは,本来なら,ワークスケジュールで,勤務開始時刻を午前10時と設定した場合,午前9時30分より前に出勤しても打刻できないシステムとなっていたところ,ワークスケジュールの入力を忘れていた場合,出勤時刻の打刻が勤務開始時刻として確定してしまうことから,M店長が後に,午前10時と修正したことによって生じたものでした。

③ また,被告会社はb労働基準監督署への報告において,出勤時刻を午前10時ではなく,午前9時30分などとし,勤怠実績表と異なる報告をしていました。

④ 「G(労働者)は,自宅から自転車でJRf駅へ行き,そこから電車でaへ行き,駅前にあるa店で就業していた(甲81,95)。そして,f駅自転車等駐車場では,平成19年5月から同年6月中旬ころまでは,概ね午前8時前に入庫時刻が記録されており,同年6月下旬ころから同年7月下旬ころまでは,概ね午前8時過ぎに入庫時刻が記録されていた。なお,それ以降は,Gが定期券を利用するようになったため,入庫時刻は記録されなくなった(甲47〔枝番含む〕,95)。f駅からaまでは,電車で約25分であった(甲83)。以上の事実からすると,Gは,午前9時ころにはa店に出勤していたものと推認される。」と判断されています。

⑤ 「そして,M店長がワークスケジュールの入力を忘れていた場合は,午前9時30分以前に指紋認証システムに打刻することも可能であったところ,M店長が入力を忘れていた5月29日のGの打刻時刻は午前9時17分となっていること,同様に,指紋認証システムの打刻時刻に制約がなかったと考えられる6月27日及び28日はいずれも午前9時12分に,7月1日は午前9時08分に,同月2日は午前9時15分に,同月4日には午前9時17分に,同月7日から同月15日までは午前9時12分から24分までの間にGの打刻がなされていて,平均すれば午前9時15分ころの出勤があったことを推認させること(乙2,証人M[原審]6ないし10項,弁論の全趣旨),M店長は,Gが午前9時過ぎに出勤していたと供述していること(証人M13項),N調理長は,自分が午前9時45分に出勤していた際,Gがまな板やタオルを洗ったりする作業,特にまな板を洗っている作業を見たことが多かったと供述している(証人N7,19項)ところ,Gのメモによると,それは業務を開始してから28分までの作業であること(甲88・29頁),パートのPは,自分が午前9時15分ころには出勤しているところ,Gは自分と同じくらいか少し早く来て店の前で待っていることもあったと供述していること(甲79),パートのOは,自分が9時ころに出勤しているところ,Gは自分と同じくらいに出勤し,Oの出勤前にGが出勤していたことが2回ほどあり,鍵をGに渡したこともあったと供述していること(甲80,証人O5,7項)といったa店における関係者の供述を踏まえると,Gは,午前9時ころには出勤し,遅くとも午前9時15分までには業務を開始していたものと認められる。」

 以上から、始業時刻の主張立証にあたり、始業時に残る証拠である入庫記録が収集されるだけでなく、店長、料理長、パート2名の供述も証拠ととされており、供述証拠の収集がしっかりされたことが分かります。労災認定が先行しているため、労基署による聞き取りがされたため、これらの者が正直に(=労働者に有利に)供述した可能性がありそうですが、証人となっている人もいるので、やはり代理人がしっかり供述を集めたように思われます。

 

4 まとめ


役員の責任追及をした点もさることながら、労働時間の主張立証がとても丁寧にされており参考になる事例です。

幸せな生活を取り戻しましょう