【残業代、トラックドライバー】トラック運転手の「残業手当」名目の賃金が固定残業代の定めとして無効とされた染谷梱包事件・東京地判令和5年3月29日労経速2536号28頁を解説します。
1 はじめに
この事案では、①原告が入社した平成28年3月時点での月例賃金は基本給12万円及び「残業手当」12万円の合計24万円であり、割合的に見てかなり高額な残業手当が支払われており、これが残業代の支払いとして有効か、②請求期間(平成29年8月から令和元年5月まで)のうち月単位で手書きの運転日報とデジタルタコグラフが残っている月は3カ月しかなく、これらがない月の労働時間をどのように認定するか、などの点が争点となりました。
2 「残業手当」による残業代支払は有効か
この点について、裁判所は、次のとおり判断しました。
⑴ 残業代として支払われたと判断する際の判断枠組み
「使用者が労働者に対して労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるところ、その前提として、労働契約における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である。そして、使用者が、労働契約に基づく特定の手当を支払うことにより労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったと主張している場合において、上記の判別をすることができるというためには、当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることを要するところ、当該手当がそのような趣旨で支払われるものとされているか否かは、当該労働契約に係る契約書等の記載内容のほか諸般の事情を考慮して判断すべきである(最高裁平成30年(受)第908号令和2年3月30日第一小法廷判決・民集74巻3号549頁)。」
これは現在の最高裁の到達点を確認した判示になります。特に目新しいところはありません。
⑵ 本件事案の検討
「認定事実によれば、原告が入社した平成28年3月時点での月例賃金は基本給12万円及び「残業手当」12万円の合計24万円であり、当時の埼玉県の最低賃金は845円であった。仮に「残業手当」名目で支払われていた賃金が固定残業代であり、原告の基本給のみが基礎賃金であるとすると、時間単価は744円であり、当時の埼玉県の最低賃金を100円以上下回ることになる。被告会社は、従業員が約70名も在籍する運送会社であり、そのような会社が最低賃金を100円以上も下回る違法な労働条件で契約を締結するとは考え難いし、労働者も最低賃金を100円以上も下回る労働条件を受け入れるとは考え難い。また、原告と被告会社との間で労働契約を締結するに当たって、雇用契約書や労働条件通知書は作成されておらず、被告会社が原告に対して上記「残業手当」名目の賃金についてどのような説明をしたのかも明らかではない。このような点に照らすと、上記「残業手当」名目の賃金には通常の労働時間の賃金に当たる部分が含まれていると解さざるを得ず、その部分については時間外労働等に対する対価性を欠くというべきである。その結果、上記「残業手当」名目の賃金の通常の労働時間の賃金に当たる部分と固定残業代に当たる部分とを判別することはできないから、上記「残業手当」12万円は固定残業代の定めとして有効とは認められない。」
以上のうち、最低賃金を下回る合意をするはずがないという趣旨のところがポイントだろうと思います。
3 記録が残っていない期間の労働時間の認定
裁判所は、記録がある3か月における原告主張の労働時間に対する認容された労働時間の割合を計算(以下「本件認容割合」といいます。)し、記録がない月は、記録がない月における原告主張の労働時間に本件認容割合を掛けて算出しました。
斬新なやり方だと思います。判決文は以下のとおりです。
「本件請求期間のうち、上記3か月間を除き、月単位で手書きの運転日報とデジタルタコグラフが残っている月はなく、上記3か月間以外の各月の停車時間の長さ、労働時間性の認定は困難である。
そのため、次のとおり推計することとする。別紙4-2「裁判所金額シート」記載のとおり、上記3か月間の合計で法内残業は0分、法外残業は233時間20分(73時間35分+69時間55分+89時間50分)、休日労働は96時間(28時間+42時間05分+25時間55分)、深夜労働は320時間32分(115時間30分+108時間55分+96時間07分)と認められる。他方、上記3か月間の原告主張の法内残業は26時間37分(8時間20分+8時間45分+9時間32分)、法外残業は512時間10分(177時間50分+147時間30分+186時間50分)、休日労働は125時間25分(35時間05分+48時間50分+41時間30分)、深夜労働は416時間47分(158時間25分+128時間40分+129時間42分)であり(別紙1-3「原告金額シート(被告会社分)」)、原告の主張する労働時間に対する認容割合は法内残業が0%、法外残業が45.6%(小数点以下第2位四捨五入。以下同じ。)、休日労働が76.5%、深夜労働が76.9%である。そこで、本件請求期間のうち、上記3か月間以外の各月については、原告の主張する労働時間に対して上記認容割合を乗じて実労働時間を認定するのが相当である。」
4 コメント
残業手当の額が過大である場合は追加で残業代の支払いが認められやすいです。
また、証拠がなかったとしても、推計という方法をもって残業代が計算されます。