【担当事件】福岡県糟屋郡で働くトラックドライバー(運転手) 交渉で残業代約150万円が支われた事案
1 この事件のポイント
この事案のポイントは3つです。①例えば、月給30万円と合意されているときに、その一部に残業代が含まれており残業代は既払いであるという説明はほぼ通らないこと、②30万円を超える分の残業代を労働者はずっと請求してこなかったから残業代請求権の放棄であるという主張は通らないこと、③残業の立証をあまりしないでよかったことです。
なお、この事案は令和3年11月に解決した事案です。受任通知を送ってから3か月で解決に至りました。
2 事案の概要
本件は、福岡県糟屋郡に営業所がある運送会社Yで働いていたトラックドライバーXが、過去9か月分の残業代を請求したものです。
事案で特徴的だったのは、所定労働時間が午前8時から午後8時の12時間(ただし、内休憩時間が1時間)とされていた点です。法律上、所定労働時間は1日8時間を超えることが原則としてできません(労基法32条2項)。労働契約の時点で労基法に違反していることとなります。
働く日は、月に20~23勤ほどでした。
3 コメント
⑴ ①月給30万円の一部が残業代であるという説明はほぼ通らないこと
賃金のうちの一部が残業代であるというためには、「労働契約における賃金の定めにつき,通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である。」とされています(高知県観光事件・最二小判平成6年6月13日集民172号673頁(労働判例653号12頁)、テックジャパン事件・最一小判24年3月8日集民240号121頁(労働判例1060号5頁),国際自動車株式会社・最三小判平成29年2月28日集民255号1頁(労働判例1152号5頁)、医療法人社団弘心会事件、国際自動車(第二次上告審)事件・最一小令2年3月30日民集74巻3号549頁(労働判例1220号5頁)
少なくとも、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができるというためには、少なくとも、30万円のうち「いくらが残業代なのか」という点が明確にされていないといけません。
これを説明できない場合には、残業代が支払われたとは言えません。
⑵ ②30万円を超える分の残業代を労働者はずっと請求してこなかったから残業代請求権の放棄であるという主張は通らないこと
将来の残業代の放棄が認められるには、その旨の意思表示があり、それが労働者の自由な意思に基づいてされたと認められる合理的な理由が客観的に存在することが必要とされています(シンガー・ソーイング・メシーン事件・最高裁48年1月19日第二小法廷判決・民集27巻1号27頁等)。
賃金は生活にとって重要なものですから、将来の残業代を放棄することは普通は考え難いです。また、労働契約の時点で、将来、どのくらい残業をするかわからないので、残業代額を明確に理解して残業代を放棄することもできません。
そして、そもそも残業代を放棄する旨の明確な意思表示もありませんでした。
このような事情から、残業代を放棄する意思表示が労働者の自由な意思に基づいてされたと認められる合理的な理由が客観的に存在しないと主張しました。
⑶ 残業の立証をあまりしないでよかったこと
本件では、所定労働時間が午前8時から午後8時の12時間(ただし、内休憩時間が1時間)とされていたため、1日3時間の残業代が発生することがわかりやすい事案でした。そのため、給与明細に記載された就労日数のみ立証すれば、残業代を計算することができました。
以上のような主張をしたところ、先方の弁護士がこちら側の主張をほぼ全て認めて、請求額の97%程度を任意に支払うという合意がまとまり、支払われました。