【安全配慮義務違反】難しい業務を部下に任せる場合には必要な指導をするか、または相談しやすい環境を作る義務があった旨判断した新潟市(市水道局)事件・新潟地裁令和4年11月24日労働判例1290号18頁を解説します。
1 はじめに
労災認定とは別に、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求をする場合があります。
その場合でも、労災認定基準(【労災】精神障害の労災認定基準の基本を説明します。 (fukuoka-roudou.com))に沿ったうえで、安全配慮義務の内容を主張することが多いように思います(たとえば、長時間労働やパワハラなど)。
もっとも、事案によっては、労災認定基準に当てはまりそうな出来事がない場合もあります。
その場合でも、安全配慮義務違反の主張は認められるでしょうか?
結論から言えば、認められる場合があります。
本件では、それが認められた一事例である新潟市(市水道局)事件・新潟地裁令和4年11月24日労働判例1290号18頁を解説します。
2 事案の概要
⑴ 難しい業務を担当することになった
A係が新設され、Eが係長となり、K主査、D(被災労働者)、H技師がこの係の所属になりました。KにとってEは直属の上司となります。
水道局では、給水装置の修繕工事等の価格や工事時の事故の賠償額の算定について、内部 での算定基準として単価表等を設けており、定期的にこれの改定が行われていました。
その業務をA係が担当することになり、Dはある単価表改訂作業の主担当を命じられました。
Kは、それまで単価表等の改定業務に従事した経験はなく、改定業務に関する事務処理要領等も存在しませんでした。
水道局内では、この単価表の改定業務は、この業務を初めて担当する職員にとって比較的難しい部類の業務であると認識されていました。
⑵ 長時間労働はなかった
Dの時間外労働時間時価は直近1年で月平均7時間でした。
⑶ 上司Eは当たりが強かった
上司EはA係内の誰に対しても当たりが強く、仕事上、厳しい対応や頑なな対応を行う傾向や、時折、強い口調で発言する傾向があり、その影響もありA係内では、質問できる雰囲気ではありませんでした。
⑷ Dは温厚な性格でした
Dは、真面目かつ温厚であり、物静かでおとなしく、自身の悩みを他者に余り相談しない性格で、Eの態度に委縮し避けようとしていました。
⑸ K主査には十分な指導能力がなかった
DはKに単価表の改訂作業において質問しましたがKはこれに応える能力が十分にありませんでした。
⑹ スケジュールがタイトでした
単価表の改訂作業のタイトであり、Dが業務を終わらないと、他者の業務のスケジュールに悪影響を及ぼす可能性がありました。
⑺ Dは単価表の改訂業務で精神的に追い込まれた
Dは単価表の改訂業務で精神的に追い込まれて自殺しました。
⑻ Dには一定の経験があった
Dは、水道局における勤続18年目の中堅職員であり、主査という(自治体においては一般的に係長クラスの)肩書を付与されており、業務上の困難に直面した場合にそれに対応する能力があったと考えられました。
3 裁判所の判断
⑴ 注意義務違反(安全配慮義務違反)
「当時の水道局内は、大部分が基本的に水道局以外の新潟市の部署への異動が予定されていない職員ばかりで、水道局内の人間関係が定年で退職するまで継続するような状況にあって、このような環境に応じた組織結束の文化もあった(証人M)ところ、そのような中において、物静かでおとなしく、自身の悩みを他者に余り相談しないDが、上記のような積極的な対応を採ること、特に、給配水係内のコミュニケーション上の問題についてE係長を飛び越えて直接その上司であるL課長に相談することは、その性格上難しい部分があり、そのため、Dは、一人で悩みを抱え込むことになったのではないかと考えられる。
エ これらの状況(日頃の執務等を通じ、E係長においてこれらの状況は認識していたか、少なくとも認識し得たはずである。)に照らせば、平成19年4月当時、E係長には、自分自身のDを含む他の職員に対する接し方が係内の雰囲気に及ぼす悪影響や、Dとの人間関係の悪化による悪影響によって、Dが係内で発言しにくくなり、他の係職員に対し業務に関する質問をしにくくなっている給配水係内のコミュニケーション上の問題を踏まえて、初めて担当するDにとって比較的難しい業務であった修繕単価表の改定業務に関し、①Dによる業務の進捗状況を積極的に確認し、進捗が思わしくない部分についてはE係長又はI主査が必要な指導を行う機会を設けるか、又は、②E係長において部下への接し方を改善して給配水係内のコミュニケーションを活性化させ、DがE係長又はI主査に対して積極的に質問しやすい環境を構築すべき注意義務があったというべきである。」と判示し、この義務に違反したと判断しました。
⑵ 過失相殺
前記2⑻記載のDには一定の経験・能力があったことを踏まえて5割の過失相殺をしました。
⑶ 損害
慰謝料2800万円、逸失利益約6989万円、葬儀費用150万円、合計約9939万円としました。