【労災・過労自死(自殺)・トラックドライバー】ヤマト運輸のセンター長が長時間労働や物損事故を起こした後にした自殺の業務起因性が争われた国・名古屋北労基署長(ヤマト運輸)事件・名古屋地判令和2年12月16日労働判例1273号70頁を解説します。
1 はじめに
労基署が労災に当たらないとする処分を裁判所で争った場合、裁判所において、労基署の判断が取り消される(≒労災認定がされる)ことが少なくないです。
その最大の要因として、①「労基署の判断よりも裁判所の判断の方が柔軟である」ということがいえます。また、他の要因として②「代理人による立証活動が追加され労災を認定すべき方向の事実が更に認められる」ということもあるでしょう。
この事件では①②が現れた部分があると思います。以下、見ていきましょう。
2 事案の概要(ただし、前記①②を説明するために必要な範囲に限ります)
本件は,ヤマト運輸株式会社(以下「本件会社」といいます)でセンター長として勤務していたA(以下「本件労働者」といいます)の妻である原告が,本件労働者が平成28年4月2日に自殺した(以下「本件自殺」といいます。)のは本件会社における業務に関連して生じた心理的負荷により発病した精神障害の影響によるものであると主張して、労災の不支給決定の取り消しを求めた事案です。
いろいろ、争われていますが、重要な争点として、(①が現れた点として)(あ)本件労働者が起こした物損事故等の心理的負荷の程度、(②が現れた点として)(い)労働時間のうち、休憩時間の長さと終業時刻がいつかというものがありました。
事件全体を総合的にみて、業務による心理的負荷が「強」と評価されれば労災と認められるということになっています(この基本的は判断枠組みについては【労災】精神障害の労災認定基準の基本を説明します。 (fukuoka-roudou.com)をご参照ください。)。
3 (あ)本件労働者が起こした物損事故等の心理的負荷の程度
この事案では、本件労働者がセンター長を務めたセンターにおいて、センター員による2件の事故が発生し、その後に、センター長自身も物損事故を生じさせたという事情がありました。
この事実について裁判所は、「本件労働者の事故は,一時停止を無視して交差点に進入した相手方により大きな過失のある事故であって,かつ物損事故にとどまっていたばかりか,本件労働者に対し,本件会社から何らかの処分がされることが予定されていた事実も認められない。そして,本件労働者の事故を受けて実施された安全会議や安全指導長による面談等においても,本件労働者を厳しく責めるようなやり取りが行われた事実は認められない。そうすると,本件労働者の事故の態様やその後の経過を,「業務に関連し,重大な人身事故,重大事故を起こした」とか,「上司とのトラブルがあった」又は「同僚とのトラブルがあった」に該当するものとは評価できず,これのみによって客観的に強い心理的負荷が生ずるものと評価することは困難である。」と言及しました。労基署の判断であれば、認定基準に従って判断されるのでこれ止まりだったでしょう。
しかし裁判所は次のとおり判示し、心理的負荷を「中」としてます。
すなわち「しかしながら,本件労働者の事故は,センター員による2件の事故からほどなくして起こったものであったところ,本件労働者は,前記のとおり,本件会社が日頃から,「事故防衛」的な運転を心掛けるよう指導し,業務中の交通事故の発生を相応に重い出来事として扱っていたことを前提に,センター員による2件の事故についても責任及び心理的負荷を感じ,センター員に対する事故防止のための指導を強めていたところであって,本件労働者の事故は,その矢先に生じたものであるから,本件労働者が,実際の損害や自身の過失割合以上の責任を感じるとともに,センター長としての面目を失い,センター員に何も言えなくなってしまったと感じ,今後の本件会社における勤務についても不安を覚えたことは,客観的にみても無理からぬことであったといえる。
このように,本件会社における交通事故の位置付けを前提として,センター員による2件の事故といった従前の経緯や本件労働者のセンター長としての立場を踏まえると,本件労働者の事故による心理的負荷の強度は,「中」と評価するのが相当である。」
このように、事件の特殊性を踏まえて、心理的負荷を「中」と判断しました。
4 (い)労働時間のうち、休憩時間の長さと終業時刻がいつか
⑴ 休憩時間が所定の1時間ではなく30分と認定された点
裁判所は次のとおり判示し、休憩時間は所定の1時間ではなく30分と認定しました。
「原告は,本件労働者が,本件会社入社当初は昼に弁当を食べていたものの,次第にそのような時間はないと言っておにぎりやパンで済ますようになった旨供述する(甲A10,13の1)。しかし,このような事実が存したとしても,本件労働者の業務の実態は明らかではなく,本件労働者が,本件異動後,全く休憩せずに労働していたと認定するには足りない。
他方,D支店あるいはEセンターの関係者の供述をみると,D支店Hセンターのセンター長であったRは,職業柄,休憩を1時間取るのは難しい旨供述し(乙20),Eセンターのセンター員であったSは,休憩は1時間取れることもあるが,昼からの便が多いと20分又は30分程になることがあった,集配中に休憩できるのは1週間に1回か2回,15分程度である旨供述し(乙21),K支店長は,本件労働者のセンター内での休憩時間は30分から40分ほどであったかもしれない,しかし,センターで取れなかった分は配達中の空いた時間で取っていたと思う旨供述している(乙32)。以上を踏まえれば,本件労働者による休憩の実態は,必ずしも明らかではないものの,毎日1時間休憩できていたとはおよそいい難い一方,全く休憩をすることができなかったわけではないものと認められる。そうすると,本件労働者の精神障害発病前6か月の期間について,本件労働者の休憩時間を原則として一律30分とする被告の主張は,上記関係者の供述とも整合し,合理的であると認められる。」としています。数多くの証人を呼ぶことで立証が奏功した事案ではないかと思います。
⑵ 終業時刻はタイムカードに認定しそれ以後のメールやラインでは認定しなかった点
この事件では、タイムカードの打刻後、例えば、翌日の稼働に関する問合せをするなどしたメールやラインがあったり、本件労働者がその妻に対して「今終わった」などの電話をしたりしていた事実が認められています。
もっとも、電話については、帰宅時にお風呂や食事の準備を求める趣旨で電話されており、電話の時点まで業務をしていたことを直接示すものでないこと、メールやラインについては「センター内で業務中でなければできない類のものであった」とまではいえず「本件会社の指揮命令下でされたものとは認めるに足りない」と評価されています。
事実の立証は丁寧にされましたが、その評価が原告代理人と裁判所で別れたと言えるでしょう。
5 総合評価
裁判所は「本件労働者の精神障害発病前6か月間の時間外労働時間による心理的負荷の強度は,これのみで客観的に精神障害を発病させるほどのものであったとは認められず,その強度を敢えて評価するとすれば,「中」と解さざるを得ないものの,その程度は,「強」にごく近接したものであったというべきである。」とし、これに本件労働者が起こした物損事故等の心理的負荷「中」などを加味して総合的に「強」と判断しました。