【労災・精神障害・過労死】部活動の顧問等に尽力し長時間労働をした教員に対する安全配慮義務違反が認められた水戸地裁下妻支部判令和6年2月14日判例集未搭載について解説します。
1 はじめに
中学校校長が、教員Dに対して、部活動の顧問等を含めて長時間労働等をさせたにもかかわらず、それを軽減するための方策を講じる義務に違反し、その結果、教員はうつ病エピソード発症後自死したとして、中学校を設置運営する地方公共団体に対して、安全配慮義務違反を理由に1億円を超える損害賠償請求が認められた事案について解説します。
本事案の特徴は、部活動の顧問活動という一般的には教員に裁量が認められる業務について、当該事案では、本件中学校全体で高いレベルを目指すこととされており、高いレベルの指導が校長の黙示の業務命令であったというべき状況であったと認定された点です。
2 対象疾病の発病
亡Dが、うつ病エピソードを発症したことに争いはありませんでしたが、その発症時期について争いがありました。
発症時期が争われる理由は、発症時期の違いによって、心理的負荷を生じさせた事情として、どの事情を考慮するかが変わるからです。発症時期の直近6か月の心理的負荷を生じさせる事由を見るのが基本です。
裁判所は、「平成29年2月16日に医師からうつ病との診断を受けているところ、それ以前に亡Dがうつ病の診断をされたことを認めるに足りる証拠はない。そして、亡Dが同月14日には家出をして首吊り自殺を図ろうとしていたことからすれば(上記認定事実(10))、亡Dがうつ病エピソードを発症したのは同日頃と認めるのが相当である。」としました。
これに対し、被告(地方公共団体)は、平成27年10月発症を主張しましたが、裁判所は「仮に平成28年6月13日に亡Dが医師に対して述べた症状が総合してうつ病エピソードと評価し得る症状であったとしても、ICD-10においてはその症状が少なくとも2週間継続したことが必要とされているところ、上記症状が上記の期間継続したことを認めるに足りる証拠もない」として被告の主張を排斥しました。
なお、ICD-10のうつ病の診断基準によれば、抑うつ気分、興味と喜びの喪失及び易疲労性が通常うつ病にとって最も典型的な症状とみなされているところ、「軽症うつ病エピソード」の診断を確定するためには、前記3症状のうち少なくとも2つの症状が存在することに加え、その他の一般的症状として、①集中力と注意力の減退、②自己評価と自信の低下、③罪責感と無価値観、④将来に対する希望のない悲観的な見方、⑤自傷あるいは自殺の観念や行為、⑥睡眠障害、⑦食欲不振のうち少なくとも2つが存在し、いずれの症状についても少なくとも2週間は持続しなければならないとされています。
3 亡Dのうつ病発症と長時間労働との相当因果関係
裁判所は「亡Dの業務負荷は、発症前3週間について約124時間、発症前1か月について約178時間、発症直前の連続した2か月ないし3か月間に1月当り約137ないし138時間であったというのであり、厚労省認定基準及び理事長通知の基準を上回る極度の長時間労働であったというべきであるところ、上記認定事実(2)、(4)に照らしても、亡Dの業務の勤務密度が特に低いものとは認められないのであるから、これらの時間外勤務の状況のみをもってしても、亡Dの心理的負荷は極めて強度のものであったというべきである。したがって、亡Dは、本件中学校における長時間の時間外労働によりうつ病を発症したものと認めるのが相当である。」として亡Dのうつ病発症と長時間労働との相当因果関係は認められると判断しました。
4 本件中学校における安全配慮義務違反
⑴ 労働者の主張
労働者の主張は以下のものでした。
「(ア)使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の上記注意義務の内容に従ってその権限を行使すべきものである(最高裁平成10年(オ)第217号、第218号同12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)。この理は、地方公共団体とその設置する学校に勤務する地方公務員との間においても別異に解すべき理由はない。
(イ)その具体的な内容の一つとして、労務遂行に関連して労働者の人格的尊厳を冒し、その労務提供に重大な支障を来す事由が発生することを防ぎ、又はこれに適切に対処して、職場が労働者にとって働きやすい環境を保つように配慮する注意義務(職場環境配慮(調整)義務)があるものと解されている(福岡地裁平成4年4月16日判決・労判607号等)。
(ウ)このように、安全配慮義務の内容として、使用者には、疲労・心理的負荷等の蓄積を防ぐ義務、即ち①そもそも強度の疲労や心理的負荷を労働者に掛けないように配慮する義務(負荷防止義務)、②強度の疲労・心理的負荷等がかかった労働者に対してその蓄積を防ぐ義務(蓄積防止義務)、③精神疾患を発症した労働者の職場環境に配慮すべき義務(発症後のフォローアップ義務)が課せられているのである。」
⑵ 裁判所の判断
裁判所の判断は以下のようなものでした。
ア 規範
労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところであり、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当である。また、使用者に代わって労働者に対し、業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の上記注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである(最高裁平成10年(オ)第217号、第218号、平成12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)。
そして、この理は、地方公共団体と、その設置する学校に勤務する地方公務員との間においても別異に解すべき理由はない(最高裁平成23年(受)第9号、同年7月12日第三小法廷判決・集民237号179頁参照)。
イ 本件事案
要約すると以下のとおりです。
・校長は、業務上の指揮監督を行う権限を有しているところ、労働時間が記載された本件報告書等を通じて亡Dの労働時間の把握が可能であり、管理職また安全衛生管理者として把握する義務があった。
・本件報告書からすると、亡Dの時間外労働時間が1月当たり80時間ないし100時間を優に超えることはわかるはずであり、校長は、労働安全衛生にかかる関係法規の趣旨に反する状態が生じていることを認識していたと推認できる。
・そうすると、校長は、本件期間(発症前6か月のことを指すと思われる。)にDの体調に異変があることを知らずとも、Dの健康状態が損なわれていたことを知り得た。
・そうすると、「亡Dの健康状況を把握し、長時間にわたる労働時間を可能な限り軽減するための方策を講ずべき義務があったというべきである。例えば、亡Dからの面接指導にかかる申出がなくとも、本件規程3条1項3号に沿って面接指導を勧奨するなどして亡Dの健康状況について把握する努力を尽くすべきであったし、上記認定事実(5)ア記載の平成28年11月頃に実施した亡Dとの面談の際などにも、時間外労働時間が長いこと等について具体的に聴き取るなどすべきであった。」しかし、それらをしなかった。
・【本件の特殊性】被告は、亡Dの勤務時間が長時間に及んだ原因として、亡Dが本件吹奏楽部において全国大会での金賞受賞という高い目標を設定していたことにあるところ、学校側は、吹奏楽部での長時間の活動を強いていないと主張する。
・確かに、部活動において何を行うかについては顧問にある程度の裁量が与えられている。
・しかし、後援会によって本件吹奏楽部の活動を援助する体制が確立しており後援会の意向を無視できなかったし、高いレベルを目指して活動するための仕組みが既に事実上存在し、これが恒例行事化しており、全国大会に出場し金賞を獲得するという目標は、校長をはじめとする管理職も含めた本件中学校全体で掲げる方針であったといえ、高いレベルの指導はもはや校長の黙示の業務命令があったというべき事態にまで至っていたというべきである。
・【本件の特殊性】被告は、亡Dにとって吹奏楽部の活動は生きがいであり、この活動によって健康状態が悪化するおそれがあることを認識することができなかった旨主張するが、むしろ、生きがいといえるほど重要性の高い業務との認識であれば、被用者が自己の健康等を無視して当該業務にのめりこんでしまい、心身を害することになりかねず、生きがいであったとしてもその業務の量的過重性を大幅に減殺させるものとは到底ならないというべきである。
5 まとめ
本件は、安全配慮義務違反の検討にあたり、亡Dの生きがいであり、一般的には活動に裁量がある吹奏楽部の業務の評価が特徴的な事案であるといえます。