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【労災・うつ病・過労死】長時間にわたる残業を恒常的に伴う業務に従事していた労働者がうつ病にり患し自殺した場合に使用者の民法七一五条に基づく損害賠償責任が肯定された電通事件・最二小判平成12年3月24日民集第54巻3号1155頁を解説します。

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1 はじめに


 本件は、長時間にわたる残業を恒常的に伴う業務に従事していた労働者がうつ病にり患し自殺した場合に損害賠償請求を認めた事案であり、極めて重要は判断をした判例の一つです。重要な判断内容としては、

①「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当」と判断したこと、

②「使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである。」と判断したこと、

③労働者の性格(「明朗快活、素直で、責任感があり、また、物事に取り組むに当たっては、粘り強く、いわゆる完ぺき主義の傾向」)は同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものであったと認めることはできないから、会社の賠償すべき額を決定するに当たり、労働者の前記のような性格及びこれに基づく業務遂行の態様等をしんしゃくすることはできないとされたこと

の3点であるといえます。以下、①②については補足して解説します。

また、④後述する八木解説において、予見の対象がうつ病や自殺という「結果」ではなく、そのような結果を生む原因となる危険な状態の発生であるとされている点は重要ですのでこれも補足します。

 

2 注意義務及びその違反に関する判断


 ⑴ 義務の内容

 判決は「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである。労働基準法は、労働時間に関する制限を定め、労働安全衛生法六五条の三は、作業の内容等を特に限定することなく、同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき旨を定めているが、それは、右のような危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解される。これらのことからすれば、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であ」ると判断しています。

 ⑵ 労働安全衛生法65条の3について

 以上の義務を認定するにあたり、最高裁は、労働安全衛生法65条の3に言及していますが、この条文では「事業者は、労働者の健康に配慮して、労働者の従事する作業を適切に管理するように努めなければならない。」と定められています。

 この点に関して、八木一洋「判解」最判解民事篇平成12年度(上)(以下「八木解説」といいます。)354頁では「労働安全衛生法六五条の三の規定は、昭和六三年法律第三七号による同法の改正の際に新設されたものであって、職場における労働者の健康の保持増進を図るためには、①作業環境の管理、②作業の量等の管理、③労働者の健康状態の管理の三要素が総合的に機能することが必要であるとの考えを基礎に、従前の法律の定めでは必ずしも明確に位置づけられていなかった②作業の量等についての使用者の努力義務を明確にしたものであり、その内容には、作業量の適正化も含まれるとされる」(注:①~③の記号は西野による。)と記載されています。

 ⑶ この事案における注意義務懈怠の判断内容

 判決は「D及びE(※西野注:D及びEは労働者の上司)は、同年三月ころに、Dの指摘を受けたEが、B(※西野注:被災労働者)に対し、業務は所定の期限までに遂行すべきことを前提として、帰宅してきちんと睡眠を取り、それで業務が終わらないのであれば翌朝早く出勤して行うようになどと指導したのみで、Bの業務の量等を適切に調整するための措置を採ることはなく」・・・「原審は、・・・Bの上司であるD及びEには、Bが恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事していること及びその健康状態が悪化していることを認識しながら、その負担を軽減させるための措置を採らなかったことにつき過失がある・・・その判断は正当として是認することができる。」と判示しています。

 以上の判示からすると、過失(注意義務違反)は「負担を軽減させるための措置を採らなかったこと」であり、その具体的な内容として「Bの業務の量等を適切に調整するための措置を採」らなかったことであるということができます。

労働安全衛生法65条の3の作業の量等の管理義務は「努めなければならない」という努力義務のかたちで規定されていますが、この事例では、「Bの業務の量等を適切に調整するための措置」は、努力義務を超えて注意義務の内容になっているということができます。

なお、本件の労働者Bの労働時間については下記の別紙があります。申告残業時間はあくまで申告されたものであり、実際はこれより長かったようです。

 

3 代理監督者の義務


 八木解説355頁では「本判決は、注意義務に関し、使用者に民法七一五条二項所定の代理監督者が存在する場合についても論じている。本件の事案は、労働者の直接の上司らの注意義務違反の有無が問題とされたものであるが、例えば、直接の上司は増員の必要を認めてこれを担当部署に申し入れていたのに対し、申し入れられた部署において権限を有する者 が増員に応じなかったなどといった場合には、直接の上司の注意義務違反は否定され、代わりに、申入れ先部署の担当者の注意義務違反が問題とされることもあり得よう。

以上に述べたところは、結果において、安全配慮義務違反の事案を扱う一部の下級審裁判例において説示されていたものに近い内容となっている」と記載されています。

重要なのは、使用者の立場で注意義務違反の有無を考えるのではなく、代理監督者の立場で注意義務違反があるかを考えるという点です。大きな会社になればなるほど、代表取締役などの経営者は現場のことが分からない可能性が高まります。代表取締役の認識を前提とすると注意義務を観念できないけれども直属の上司である代理監督者の認識を前提とすると注意義務を観念できると言う場合があり得、その場合でも使用者責任を問うことができるということになります。

 

4 予見の対象


 八木解説362~363頁では「Y社の上告理由には、A(西野注:被災労働者)の当時の状況から見てその上司らがAのうつ病り患又は自殺の結果を具体的に予見することばできなかったと主張する部分があるが、本判決の述べるように、長時間労働の継続などにより疲労や心的負面等が過度に蓄積すると労働者の心身の健康を損なうおそれがあることは周知のところであり、うつ病り患又はこれによる自殺はその一態様である。殊に、Aの健康状態が悪化したことが外見上明らかになっていた段階では、既にうつ病り患という結果の発生を避けられなかった可能性もあることを考えると、使用者又はその代理智者が回避する必要があるのは、やはり、右のような結果を生む原因となる危険な状態の発生であるというべきで、 予見の対象も、右に対応したものとなると考えられる。」と記載されています。

 そのため、仮に、被災労働者が精神不調などを訴えていなかったとしても、被災労働者が常軌を逸するような長時間労働をしていることを認識していた場合には、うつ病や自殺の原因となる危険な状態を予見できた問いことになるので過失は否定されません。

幸せな生活を取り戻しましょう