【労災】脳・心臓疾患の労災認定基準の基本を説明します。
1 はじめに
労災の認定を検討する際に重要なものとして、①脳・心臓疾患の労災認定基準(000832042.pdf (mhlw.go.jp))と②精神障害の労災認定基準の2つがあります。特に、実務では、労災の認定に当たり、労働時間の認定が中心となっているため、どの程度の労働時間があれば労災認定がされる可能性があるのかについて説明します。今回は、脳・心臓疾患の労災認定基準について説明します。
2 対象疾病に該当するか検討する
例えば、脳内出血や心筋梗塞が生じた場合、それが労災に該当するかを検討するに当たって、脳・心臓疾患の労災認定基準の要件を充たすかをまず検討することになります。
認定基準では、次の脳・心臓疾患が対象疾病として取り扱われています。
1 脳血管疾患
(1) 脳内出血(脳出血)
(2) くも膜下出血
(3) 脳梗塞
(4) 高血圧性脳症
2 虚血性心疾患等
(1) 心筋梗塞
(2) 狭心症
(3) 心停止(心臓性突然死を含む。)
(4) 重篤な心不全
(5) 大動脈解離
なお、上記の疾病に該当しなければ、労災に該当することがないということでは必ずしもありません。ただ、上記の疾病に該当しなければ、認定基準に沿って労災かどうかが判断されるのでなく、その疾病が業務によって生じたことを医学的知見も踏まえ、個別具体的に立証しなければならなくなり、労災認定のハードルがとても上がります。
3 業務による明らかな過重負荷があったかを確認する
業務による明らかな過重負荷には3つあります。
① 発症前の長期間(おおむね6か月)の過重業務
② 発症に近接した期間(おおむね1週間)の過重業務
③ 発症直前から前日の異常な出来事
です。②③に該当する事象があることは珍しく、①に該当する過重業務の検討をすることが大半です。そこで、以下では①について説明します。
4 労働時間を確認する
① 発症前1か月間におおむね100時間
または
② 発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間
を超える時間外労働が認められるかを確認します。
ここでいう時間外労働時間数は、1週間当たり40時間を超えて労働した時間数です(残業代請求の場合は、1日8時間または1週間40時間を超える時間が時間外労働時間となりますが、これとは計算方法が異なることに注意が必要です。)。
また、②はやや複雑なですがとてもわかりやすく説明していた資料がありましたので引用します。
下の図では、発症前2か月平均では71時間39分であり、80時間に足りませんが、5か月平均ですと80時間23分となっており、80時間を超えることになります。
【古川拓『労災事件救済の手引き』(2017年)青林書院88頁より引用】※古川拓弁護士は日本労働弁護団の中心メンバーのお一人であり、困難な事件でも多数勝訴判決を取得されており、この分野をリードする弁護士の一人です。
ところで1ヵ月は①4週間と②2日として計算します。①は1週間あたり40時間を超える労働時間を算定しますが、②は、この2日の後の5日のうちに、(ア)休日がなければ2日間の労働時間をそのまま、(イ)休日が1に日あれば2日間の労働時間から8を引いた時間、(ウ)休日が2日以上あれば2日間の労働時間から16を引いた時間となります。なお、このような複雑な計算をする労働時間アナライザーというものがあります。
5 労働時間以外の負荷要因を確認する
労働時間が重要ですが、労働時間以外の負荷要因も考慮されて、労災認定がされるかが決まります。考慮要素として以下の点があります。これらもしっかり主張していくことが必要です。特に、労働時間が十分でない場合には重要になってきます。
(イ) 勤務時間の不規則性
a 拘束時間の長い勤務
b 休日のない連続勤務
c 勤務間インターバルが短い勤務
d 不規則な勤務・交替制勤務・深夜勤務
(ウ) 事業場外における移動を伴う業務
a 出張の多い業務
b その他事業場外における移動を伴う業務
(エ) 心理的負荷を伴う業務
(オ) 身体的負荷を伴う業務
(カ) 作業環境
a 温度環境
b 騒音
6 できるだけ早く診察を受けてください
長時間労働等によって体調が悪化しているなと感じたらできるだけ早く受診してください。というのも、上で説明したとおり、発症前の1か月や6か月の期間の労働時間や負荷要因が考慮されることになります。発症の確認は、通常は、受診して、医師が発症を認めた最初の日になります。そうすると、受診が遅れると、本来考慮されるべきだった労働時間や負荷要因が考慮期間から外れることにより考慮されないという不合理な結果となってしまいます。とにかく、体調が悪くなったら受診していただきたいと思います。