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【労災、過労死】中学校教諭のくも膜下出血発症による死亡が、部活動指導等に伴う長時間労働に原因があるとして、校長の安全配慮義務違反が認められ、過失相殺及び素因減額も否定された滑川市事件・富山地判令和5年7月5日労経速2530号3頁を解説します。

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1 はじめに


 この記事では、

①地公災の脳・心臓疾患の認定基準は労災のそれと若干内容が異なること、

②国家賠償法3条1項により給与を負担している富山県も被告にできること、

脳動脈瘤等があっても校長の安全配慮義務違反とくも膜下出血との間に因果関係が認められること、

④発症前1ヵ月にわたり降圧剤を服用せず血圧測定を行っていなかったことにより過失相殺されないこと、

について解説します。

 

2 地公災の脳・心臓疾患の認定基準は労災のそれと若干内容が異なること


 労災の脳・心臓疾患の認定基準は【労災】脳・心臓疾患の労災認定基準の基本を説明します。 (fukuoka-roudou.com)にてご説明しました。

 これと、地方公務員が脳・心臓疾患になった場合の認定基準は異なります。地公災の認定基準はinfo030915.pdf (chikousai.go.jp)←こちらです。

 量的過重性の観点では、労災の基準では、

① 発症前1か月間におおむね100時間

または

② 発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間

となっていますが、

 地公災の基準では、

① 発症前1か月程度にわたる、過重で長時間に及ぶ時間外勤務(発症日から起算して、週当たり平均25時間程度以上の連続)を行っていた場合

② 発症前1か月を超える、過重で長時間に及ぶ時間外勤務(発症日から起算して、週当たり平均20時間程度以上の連続)を行っていた場合

とされており、内容はそれほど変わらないものの若干違います。

 

 本件では、「D(被災労働者)の本件発症前6か月間における時間外勤務時間数及びその平均は別紙3勤務時間一覧表(2)のとおりであるところ(認定事実(1)ア(ア))、Dは、本件発症前1か月に119時間35分、本件発症前2か月にわたり平均127時間35分、3か月にわたり平均116時間45分、4か月にわたり平均106時間06分、5か月にわたり平均94時間18分、6か月にわたり平均89時間00分の時間外勤務に従事しており、本件厚労省基準にいう本件発症前1か月に100時間を超える時間外労働に従事し、かつ本件発症前2か月ないし6か月にわたり1か月当たり80時間を超える時間外労働に従事していたことは明らかである。
 また、Dの本件発症前26週間における時間外勤務時間数及びその平均は別紙4勤務時間一覧表(3)のとおりであるところ(認定事実(1)ア(イ))、Dは、本件発症前1週間に30時間26分、2週間に平均27時間02分、3週間に平均27時間02分、4週間に平均24時間54分の時間外勤務に従事しており、週当たり平均25時間程度以上の時間外勤務に連続して従事していたといえる。また、それ以前においても本件発症前22週まで平均20時間以上の時間外勤務に従事し、本件発症前22週から26週にかけても平均19時間以上の時間外勤務に従事していたことからすれば、Dが、本件発症前に、本件地公災基準にいう週当たり平均20時間程度以上の時間外勤務に連続して従事していたことは明らかである。」として2つの基準で検討がされています。

 

3 国家賠償法3条1項により給与を負担している富山県も被告にできること


 国家賠償法3条1項では「前二条の規定によつて国又は公共団体が損害を賠償する責に任ずる場合において、公務員の選任若しくは監督又は公の営造物の設置若しくは管理に当る者と公務員の俸給、給与その他の費用又は公の営造物の設置若しくは管理の費用を負担する者とが異なるときは、費用を負担する者もまた、その損害を賠償する責に任ずる。」と定められています。

 通常は、学校を設定している地方公共団体(本件では滑川市)を被告としますが、学校の校長の給与を富山県が負担していたので、国家賠償法3条1項によって、富山県も被告にできます。

 学校を設置する地方公共団体が小規模であるなど損害賠償金を支払うのが難しい場合には、国家賠償法3条1項を使って県を被告に入れる実益があると思われます。

 

4 脳動脈瘤等があっても校長の安全配慮義務違反とくも膜下出血との間に因果関係が認められること


 「他方、地公災本部専門医が本件発症は脳動脈瘤の破裂によるものであると考えられる旨の意見を述べているところ、本件発症が、Dの従前有していた脳動脈瘤の破裂によるものであったとしても、脳動脈瘤は40歳以上の成人の100人に5人が有していると考えられている(乙14、15)ことからすれば、本件発症時に42歳であったDが脳動脈瘤を有していたことが同種労働者の健康状態から逸脱するものであったとまではいえないし、そのうち破裂に至るのは0.5%から3%程度にとどまると考えられている(乙15)から、脳動脈瘤を有していたからといって、当然に本件発症に至ったといえるものでもない。なお、Dが2月17日にかみいち総合病院の脳外科で受けた脳CT検査では明らかな異常はないとされ(乙19)、その後、Dが死亡するまでの間にも脳動脈瘤は確認されておらず(乙19ないし22)、Dが救急搬送され、直接その治療にあたった富山県立中央病院の医師が作成した死亡診断書等においても、くも膜下出血の原因は不明とされている(甲3、甲4の2、乙21)。
また、Dが高血圧症と診断され、Oクリニックに通院していたものの、その治療として行われていたのは降圧剤の服用や自宅での血圧の測定及び記録にとどまり、後記6のとおり、5月22日を最後に同クリニックの医師が降圧剤を処方しなかったことも踏まえると、Dの高血圧症の状況が同種、同年齢の労働者と比較して特段重いものであったとまではいえないし、高血圧症と本件発症との関連が具体的に明らかでなく、高血圧症であったからといって、当然に本件発症に至ったとまではいえない。
したがって、E校長の安全配慮義務違反と本件発症との間に因果関係が認められる。
」と判示しました。

 

5 発症前1ヵ月にわたり降圧剤を服用せず血圧測定を行っていなかったことなどにより過失相殺されないこと


「(1) 被告らは、Dが本件発症前約1か月にわたり降圧剤を服用せず、血圧測定を行っていなかったことをもって、本件発症につき、Dに過失があったと主張する。
 この点、Oクリニックにおける6月22日の診察では、主に睡眠時無呼吸症候群に関する診察が行われたことが窺われる(乙18)ところ、従前、Dが同クリニックで高血圧の治療を受けていたこと、睡眠時無呼吸症候群と高血圧との関連を指摘する文献が確認できること(丙1ないし3)を踏まえると、同日の診察も、高血圧治療の一環であった可能性が高いといえる。そうすると、これまで3回にわたり処方されていた降圧剤が、同日に処方されなかったのは、同クリニックの医師において、これまでの治療経過やDの健康状態を踏まえ、服薬治療に関する何らかの方針転換があったからと考えるのが自然であり、服薬中止に関するDの要望があったなどの事情も認められないから、同日に降圧剤を処方しなかったのは、専ら同クリニックの医師の判断によるものといえる。また、Dが同日以前はほぼ毎日血圧を測定し、記録していた(甲41)ことからすれば、同日以降、血圧の測定及び記録を中止したことにも、同日の診察及び医師の判断が作用した可能性は否定できない。被告らは、同クリニックがDの高血圧の治療を中止したわけではない旨回答している(調査嘱託の結果)ことをもって、降圧剤の処方がなされなかったことや血圧の測定及び記録を中止したのは専らDの判断によるものであったと主張するようであるが、降圧剤の処方は高血圧治療の一手段に過ぎず、その処方をしなかったからといって、高血圧治療を中止したことを直ちに意味するものではないから、同回答と、同日に医師の判断において降圧剤を処方しなかったことと、何ら矛盾するものではない。そうすると、本件発症前約1か月にわたりDが降圧剤を服用していなかったことや、血圧の測定及び記録をしていなかったことが専らDの判断によるものであったとはいえない。」と判示しました。

 調査嘱託の内容をもう少し細かくして、クリニックがDの高血圧の治療を中止したわけではない旨について、医師が、降圧剤の処方を継続したり、血圧の測定及び記録を中止するよう指導していなかったりした事実が出てくれば、過失相殺は一部認められたでしょう。

 

 

 

 

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