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【労災、損害賠償請求】使用者に損害賠償請求をする際に、労災から受けた保険給付金は、労災事故時に支払われたと考えるか否かについて判断したフォーカスシステムズ事件・最大判平成27年3月4日民事判例集69巻2号178頁(労働判例1114号6頁)について解説します。

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1 はじめに


 例えば、労災に該当する過労死が発生し、判決において、会社に対して8000万円の損害賠償が認められたとします。判決まで(厳密には事実審の口頭弁論終結時まで)労災から遺族補償年金等2000万円が給付されたとします。

 仮に、労災事故が令和元年5月1日として、遺族補償年金支給日と判決日が令和6年5月1日(事故から5年)だったとした場合、遅延損害金を含めていくら請求が認められるでしょうか?

 ①労災事故時に遺族補償年金2000万円が払われていたと考えれば、8000万円-2000万円=6000万円が損害賠償金の元本となり、これに対して遅延損害金3%が5年分発生すると、遅延損害金は900万円となります。

 他方で、②遺族補償年金が現実に支払われたときを基準と考えれば、8000万円が損害賠償金元本となり、これに対して、遅延損害金3%が5年分発生すると、遅延損害金は1200万円となります。

 そうすると、①②の違いによって300万円もの違いが生じます。

 実務では、①②どちらで計算されるのでしょうか?

 結論から言えば、原則①です。特段の事情があれば②(ただし詳細は後述5参照)となると考えられます。

 

2 フォーカスシステムズ事件・最大判平成27年3月4日民事判例集69巻2号178頁(労働判例1114号6頁)


 この最高裁判決は「被害者が不法行為によって死亡した場合において,その損害賠償請求権を取得した相続人が遺族補償年金の支給を受け,又は支給を受けることが確定したときは,制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情のない限りその填補の対象となる損害は不法行為の時に填補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をすることが公平の見地からみて相当であるというべきである」としました。

 つまり、特段の事情がない限り、①で計算すると言っており、その意味で、労働者に不利な判断をしています。

 

3 特段の事情とその場合の計算方法について判断した東芝(うつ病・解雇・差戻審)事件・東京高判平成28年8月31日労働判例1147号62頁


 この裁判例は特段の事情について「別紙1の労災保険給付一覧表(当事者間に争いがない)によれば,支給期間が平成13年9月4日(実際には平成14年9月8日分から(前記「前提事実」(3)イ))から平成16年7月30日までの休業補償給付672万0012円は,支給期間の末日から5年近く経過した平成21年6月11日に支給決定がされており,また,支給期間が平成16年7月31日から平成20年7月31日までの休業補償給付合計1419万7482円は,支給期間から約5年ないし約1年が経過した平成21年7月23日に支給決定がされているところ,厚生労働省の関係通達では,本件のような精神疾病についての休業補償給付の標準処理期間(行政手続法6条)が8か月とされていることなどを踏まえると,上記の支給期間に係る休業補償給付は,制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞したというべきであるから,これらの支給期間の休業補償給付に対応する休業損害が発生する本来の賃金の支払期日に遡って同損害が填補されたものとして損益相殺的な調整をすることはできないものというべきである。」としました。

 また計算方法について「休業損害が発生する本来の賃金の支払期日に遡って同損害(元本)が填補されたものとして損益相殺的な調整をすることができなくなるにすぎないと解するのが相当である。」としています。

 本来補償されるべきときから5年経過して補償がされば特段の事情あり、これが1年であっても特段の事情ありとされる可能性があると言えそうです。

 

4 特段の事情について判断したその他の裁判例


 ⑴ 宇都宮地裁令和5年6月28日判例秘書L07850545

→事故から1年以内に遺族補償一時金等が支払われており、特段の事情は「なし」。

 

「平成29年3月27日雪崩が発生し、栃木県立高等学校の部活動の一環として参加していた生徒及び教師(以下「本件被災者ら」という。)が死亡した雪崩事故(以下「本件事故」という。)について、平成30年2月28日、地方公務員災害補償基金から遺族補償一時金1018万8000円及び葬祭補償金62万0640円(以下「本件補償一時金等」という。)を受給した」

「本件において上記の特段の事情は見当たらないから、亡Zの相続人らに対する遺族補償一時金1018万8000円及び葬祭補償金62万0640円は、逸失利益及び葬儀費用の各元金に充当され、充当後の残額について、本件事故日から遅延損害金が発生することになる。」

 

 ⑵ 岡山地裁令和3年4月20日判例秘書L07650607 

→症状固定後約4カ月で請求され、その約3か月後に支給では特段の事情は「なし」。

 

「本件では,平成29年3月3日の症状固定後,同年7月31日に本件障害見舞金の請求が行われ(弁論の全趣旨),同年10月10日にその支給がなされたものであるから(乙8),その期間等に照らし,制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情があるということはできない。」

 

 ⑶ 高知地裁令和2年2月4日判例秘書L07550197 

→請求から1年後に支給では特段の事情は「なし」

 

「(ウ)原告X1は,別紙4支払一覧表のとおり,当審口頭弁論終結日(令和元年11月21日)までに,補償基金からAに係る遺族補償年金として合計524万1675円を受領している(乙4ないし23)。かかる支給は平成28年9月12日から開始されており(乙4),原告X1が本件事故につき公務災害認定請求を行った平成27年9月1日(甲10の1)から1年以上が経過してからの支給開始となっている。これは平成28年3月1日にE病院から原告X2に対しAの入院費用の一括請求があり(甲10の2),被告が賠償金の支払を行わなかったために同月中に原告X1が補償基金に対し先行補償を依頼した(甲10の3)という経緯によるが,かかる経緯が上記特段の事情であるとは認められない。」

 

 ⑷ さいたま地判平成29年4月26日判例秘書L07250294

→事故から1年ないし1年10か月後の支給では特段の事情は「なし」

「原告は,平成24年4月18日午前11時55分頃,2年5組の教室の外のひさしから飛び降り,胸腰椎骨挫傷(第11胸椎,12胸椎,第1腰椎圧迫骨折),背部挫傷,右足挫傷,左上肢挫傷等の傷害(以下「本件外傷」という。)を負った(甲2。以下「本件事故」という。)。」

「これを本件についてみると,原告が受領した医療費は上記(1)の治療関係費の過失相殺後の元本,障害見舞金は上記(2)の逸失利益ないし上記(3)イの後遺障害慰謝料の過失相殺後の元本との間で,それぞれ損益相殺的な調整を行うべきものであり,その支給時期(医療費につき平成25年8月ないし同年9月頃,障害見舞金につき平成26年2月25日)等に照らし,制度の予定するところと異なってその支給が著しく遅滞するなどの特段の事情があるとまではいえないから,填補の対象となる損害は不法行為の時に填補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整をすることが相当である。」

 

5 コメント


 特段の事情とその場合の計算方法について判断した東芝(うつ病・解雇・差戻審)事件・東京高判平成28年8月31日労働判例1147号62頁は(ア)休業補償給付について判断していますが、1で記載した例は(イ)遺族補償年金です。東京高裁は、(ア)について「休業損害が発生する本来の賃金の支払期日に遡って同損害(元本)が填補されたものとして損益相殺的な調整をすることができなくなるにすぎないと解するのが相当である。」としていますが、(イ)との関係で、(ア)でいうところの「本来の賃金の支払期日」がいつになるのかは必ずしもはっきりしないように思いますが、遺族補償年金の場合は年金支給日がもっとも親和性がありそうです。そうなると、冒頭1の②は年金支給日に引き直して計算する必要がありそうです。

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