【公務災害、自死(自殺)、うつ病、適応障害、双極性感情Ⅱ型】市嘱託職員の退職後に自死の公務起因性が争われた北九州市(嘱託職員自殺)事件・福岡地判令和5年1月20日労働判例1304号33頁を解説します。
1 はじめに
うつ病などの精神疾患は退職前に発症したけれど、自殺が退職後に発生した場合、自殺について労災(労働災害)や公務災害は認められるでしょうか?
結論から言えば、認められる可能性があります。
2 自殺の場合の業務(公務)起因性の考え方
自殺についての労災(労働災害)や公務災害が認められるためには、①業務(公務)によって精神疾患が発症し、②精神疾患によって自殺に至ったという2つ因果関係が認められる必要があります。
この①②の関係について、令和5年9月1日付「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(基発 0901 第2号)(001140929.pdf (mhlw.go.jp))の第8「1 自殺について」には「業務によりICD-10のF0からF4に分類される精神障害を発病したと認められる者が自殺を図った場合には、精神障害によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、あるいは自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったものと推定し、業務起因性を認める。」と記載されています。
つまり①が認められれば、②も基本的に認められると考えられています。
3 精神疾患発症から長時間が経過した場合はどうか
もっとも、業務によって精神疾患を発症し、それから期間が経過すればするほど、他の原因(例えば、転職して転職先でパワハラに遭うなど)によって精神疾患を悪化または新たに発症し、その影響下で自殺が生じる可能性が高まります。それゆえ、当初の精神疾患について「①が認められれば、②も基本的に認められる」とは言いにくくなっていきます。
4 本件は発症及び退職後長期間経過後に自殺した事案である
本件は発症及び退職後長期間経過後に自殺した事案です。
本件の時系列は以下のとおりです。
①平成24年 4月 労働者Aは北九州市のある甲区役所に就職
②平成25年 1月15日 Aは休職し大分の実家に帰る
③平成25年 1月18日 Aは病院1でうつ病との診断を受けた
④平成25年 3月31日 Aは甲区役所を嘱託期間満了により退職
⑤平成25年 4月 1日 Aは北九州市教育委員会において教育相談員として勤務
⑥平成25年 4月20日 Aは病院2でうつ病と診断を受けた
⑦平成25年12月21日 Aは病院2で双極性障害との診断を受けた
⑧平成27年 3月31日 Aは教育相談員を退職
⑨平成27年 5月18日 Aはこの日まで週2程度で病院2に通院
⑩平成27年 5月21日 Aは自宅にて多量の抗うつ剤及び睡眠剤を服用して死亡
本件では発症(③)から死亡(⑩)まで約2年4か月、退職(④)から死亡(⑩)まで約2年2か月と長期間が経過していました。
5 本件事案のもとでの公務起因性に関する裁判所の考え方
⑴ 発症後療養等が行われ、相当期間経過した後の自殺の公務起因性について
裁判所は「精神疾患が原因で自殺をしたとする場合においては、①公務と精神疾患との間に相当因果関係が認められ、かつ、②当該精神疾患と自殺との間に相当因果関係が認められるときに、自殺についての公務起因性が認められるところ、多くの精神疾患においては、その病態としての自殺念慮が出現する蓋然性が高いと医学的に認められることから、公務に起因して精神疾患を発症した者が自殺を図った場合には、当該精神疾患によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われたものと推認するのが相当である。
ただし、公務に起因して発症した精神疾患と認められる場合であっても、発症後療養等が行われ、相当期間経過した後の自殺については、治癒の可能性やその経過の中での公務以外の様々な負荷要因の発生の可能性があるため、直ちに公務に内在する危険が現実化したものとして、公務との相当因果関係を推認することはできず、療養の経過、公務以外の負荷要因の内容等を総合して判断する必要がある。」としました。
この考え方は前記2,3と同様といえます。
⑵ 本件事案において裁判所が言及した重要な事実
ア 甲区役所でのストレスの消失
裁判所は、「甲区役所における公務による直接のストレスは、少なくとも同日(④)以降は、消失しているものといわざるを得ない。」と指摘しました。
イ カルテに甲区役所での公務によるストレスの記載がない
続けてA「は、平成26年9月21日、同月19日に特相センター長から個室において指導を受けた際に、甲区役所における指導がフラッシュバックして怖かった旨のメールを送信しているものの、それ以外に、fクリニックの診療録において、甲区役所における出来事やd係長のパワーハラスメント行為に言及するような記載はない(認定事実(4)ウ、同オ)。
そうすると、甲区役所における公務によるストレスが退職後も継続し、大きな負荷要因となっていたとみることはできない。」と指摘しました。カルテにおいて、どのようなストレス原因が記載されているかということを重視しているように読めます。
ウ 特相センターの業務負荷が相当程度あった
そして、裁判所は、Aが教育相談員として働いている間はフェイスブックの投稿などから「充実した生活を送っていたことがうかがわれる」とし、病院2へ通院を継続する間、「うつ症状は軽快と悪化を繰り返し、うつ状態が遷延しているとの所見が示された際には、特相センターでの残業が多く、仕事がきついとの主訴があったことからすると、特相センターにおける業務の負荷も相当程度あったものと認められる」と指摘しました。
エ 特相センターで激しい口論があった
加えて、「特相センターを退職する頃、同僚の嘱託相談員と激しい口論をして、同月9日頃から不安定となり、同月10日以降、特相センターを欠勤し、同月12日にg医師において、同月31日まで休職、自宅療養を要する旨の診断書が作成されていることから、この時期に亡cの病状が急激に悪化したものといえる」と指摘しました。
オ 退職を余儀なくされた
そのうえ、体調悪化により特相センターでの仕事を退職せざるを得なくなったことが大きなストレスになったと推察されると指摘しました。
ほかにも、Aには奨学金返済の経済的不安があったと裁判所は指摘しました。
以上から、自殺の原因は甲区役所での公務ではないとしました。
6 コメント
A側は、甲区役所にいたとき強い心理的負荷がかかる出来事が多くあったと主張していましたが、その事実がほとんど認定されていませんでした。この事実が認定されれば、相対的に、公務に起因したうつ病が自殺の原因である可能性が高まりますので、うつ病と自殺の因果関係が認められたかもしれません。