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【求人・募集要項】求人の内容と異なる労働契約の内容は許されるのかについて解説します。

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1 はじめに


 例えば、募集要項や求人広告において無期契約の「正社員」と謳いながら、労働契約書では有期契約の契約社員とするなど、募集の内容と労働契約の内容が異なることがあります。

労働者からすると、求人の内容を信頼して面接まで受けてたのに、いざ働こうとすると思っていた労働条件と異なって不測の事態になるということがあり得ます。

 求人と労働契約の内容が違うことは許されるのでしょうか。許されるとすればどのような場合でしょうか。

このことに関連して①職業安定法、②求人と労働契約の内容が違っても有効になる場合、③求人と労働契約の内容が違うことによって損害賠償請求ができる場合について説明します。

 

2 職業安定法


 ⑴ 条文

 職業安定法5条の3第1項では、「公共職業安定所…労働者の募集を行う者…は、それぞれ、…労働者の募集…に当たり、求職者、募集に応じて労働者になろうとする者…に対し、その者が従事すべき業務の内容及び賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。」としています。

 また、職業安定法5条の4第1項では「公共職業安定所…労働者の募集を行う者…は、広告等…により求人等に関する情報…を提供するときは、当該情報について虚偽の表示又は誤解を生じさせる表示をしてはならない。」としています。

 ⑵ 「虚偽の表示」

 令和4年 改正職業安定法Q&A(001250191.pdf (mhlw.go.jp))では、「虚偽の表示」とは、以下のとおり説明されています。

 

○ 例えば、求人情報を提供するときに意図してその情報と実際の労働条件を異ならせた場合や受理していない求人を紹介できると広告した場合には、虚偽の表示に該当します。

○ 具体的には、以下のような場合があげられます。

・ 実際に求人を行う企業と別の企業の名前で求人を行う場合

「正社員」と謳いながら、実際には「アルバイト・パート」の募集をする場合

・ 基本給○万円と表示しながら実際にはその金額よりも低額の賃金を予定している場合

・ 実際には採用予定のない求人を出す場合

○ 一方で、当事者の合意に基づき、求人等に関する情報から実際の労働条件を変更することとなった場合は、虚偽の表示には該当しません。

 

 ⑶ 「誤解を生じさせる表示」

 令和4年 改正職業安定法Q&A(001250191.pdf (mhlw.go.jp))では、「誤解を生じさせる表示」とは、以下のとおり説明されています。

 

○ 虚偽の情報でなくとも、一般的・客観的に誤解を生じさせるような表示は、 「誤解を生じさせる表示」に該当します。

○ 「誤解を生じさせる表示」をしないよう、例えば以下のような点に留意する必要があります(指針第4の2)。

・ 関係会社・グループ企業が存在している企業が募集を行う場合に、実際に雇用する予定の企業と関係会社・グループ企業が混同されることのないように表示しなければならないこと。

(例)優れた製品開発実績を持つグループ会社の実績を大きく記載し、あたかもその求人企業の実績であるかのように表示する。

・ 雇用契約を前提とした労働者の募集と、フリーランス等の請負契約の受注者の募集が混同されることのないよう表示しなければならないこと。

(例)請負契約の案件であることを明示せず、労働者の募集と同じ表示をする。

・ 月給・時間給等の賃金形態、基本給、定額の手当、通勤手当、昇給、固定残業代等の賃金等について、実際よりも高額であるかのように表示してはならないこと。

(例)社内で給与の高い労働者の基本給を例示し、全ての労働者の基本給で あるかのように表示する。

(例)固定残業代について基礎となる労働時間数等を明示せず、基本給に含めて表示する。

・ 職種や業種について、実際の業務の内容と著しく乖離する名称を用いてはならないこと。 (例)営業職が中心の業務について事務職と表示する。

 

3 求人と労働契約の内容が違っても有効になる場合


 これは、労働契約成立過程において当事者がどのように合意したのかという契約解釈の問題ですが、重要な裁判例としては以下のものがあります。

 ⑴ 募集要項や求人広告の内容は直ちに労働契約の内容とならない

 裁判例(日新火災海上保険事件・東京高判平成12年4月19日労働判例787号35頁。八洲測量事件・東京高判昭和58年12月19日労働判例421号33頁)は、募集要項や「求人広告は、それをもって個別的な雇用契約の申込みの意思表示と見ることはできない」と考えています。つまり、募集要項や求人広告の内容が直ちに労働契約の内容となるわけではありません。

 もっとも、日新火災海上保険事件は、採用面接や会社説明会で「中途採用者も同期新卒採用者と同等の給与を支給する」旨の説明をしたような事例、八洲測量事件は、求人票上記載された基本給は見込み額であり、入社時までに確定されることが予定された目標額であると解されるとして求人票記載額と現実に支払われた賃金との差額請求を棄却した事件であり、労働契約の内容が確定していなかったと評価される事案であることに注意が必要です。

 ⑵ 求人票等の内容が労働契約の内容となる場合

 他方で、千代田工業事件・大阪高判平成2年3月8日労働判例575号59頁は「求人票の真実性、重要性、公共性等からして、求職者は当然求人票記載の労働条件が雇用契約の内容になるものと考えるし、通常求人者も求人票に記載した労働条件が雇用契約の内容になることを前提としていることに鑑みるならば、求人票記載の労働条件は、当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなど特段の事情がない限り、雇用契約の内容となるものと解すべきである」としています。この裁判例では、求人票上「常用」と記載され、その後有期労働契約との合意が成立した等の特段の事情も認められないとして、無期常用従業員との内容の契約が成立したと認定しました。

 労働契約締結時において、求人票等において特定された労働条件の内容と異なる内容の合意が成立しなければ、求人票等に記載された労働契約の内容のとおりとなると考えられます。

 株式会社丸一商店事件・大阪地判平成10年10月30日労働判例750号29頁は、求人票に「退職金有り」「退職金共済」との記載があり、使用者が採用に際して、実際の労働条件が求人票と異なることを全く説明しなかった事案において、求人票の記載に基づき退職金請求を認めた裁判例もあります。

 ⑶ 労働契約の成立時期によって変化する法的構成

 福祉事業者A苑事件・京都地判平成29年3月30日労働判例1164号44頁は、①求人票 に「期間の定めなし」、「定年制なし」との記載があったまま採用され、その後、②契約期間1年、65歳定年制と記載された労働条件明示の書面(労働条件通知書)に労働者が署名押印したとしても、「拒否すると仕事が完全になくなり収入が絶たれると考えて署名押印した」等と認定して労働条件の変更に必要な労働者の自由な意思による同意があったとはいえないとして、求人票記載の内容の契約となるとしました。

 この事案では、①の内容で労働契約が成立したと認定されたため、②は労働条件不利益変更の問題となっています。事案によっては、①の時点では、労働契約が成立せず、②の時点で初めて労働契約が成立したと判断される事例もあり得ます。

 (事案によりますが)一般的には、内定が出された段階で労働契約が成立すると考えられており、内定時において①の内容が示されていれば、①→②は不利益変更の話になりますが、内定時に②の内容が示されていれば、②の内容で労働契約が成立し、不利益変更の問題とはならないことになります。

 比較的最近の事例である司法書士法人はたの法務事務所事件・東京高判令和5年3月23日労働判例1306号52頁は、被控訴人(一審原告) X(労働者)が「雇用形態」欄 に「正社員」、「試用期間3か月」と記載されていた募集要項をみて採用面接に臨み、当該面接時に控訴人(一審被告) Y法人が契約期間についてXに何らの説明もしなかったこと等を考慮すると、Xは本件面接において本件募集要項どおりに正社員となること、すなわち、期間の定めのない労働契約を申し込み、 Y法人はこれを承諾したものと認められるから、本件労働契約は本件面接において期間の定めのないものとして成立したと認めるのが相当である、また、採用後、Xは労働契約が1か月の有期契約である旨が記載された雇用契約書に署名押印しているが、Y法人が、本件雇用契約書の作成に当たり、Xに対し、本件労働契約を無期 契約から有期契約に変更すること等についての説明をしたとは認められないから、Xが本件雇用契約書の内容について自由な意思に基づいて合意をしたとは認められず、本件雇用 契約書によって、XとY法人の間に本件労働契約を無期契約から有期契約に変更する旨の合意が成立したということはできないとしています。

 

4 求人と労働契約の内容が違うことによる損害賠償請求


見込みとして提示された労働条件が直ちに労働契約の内容にならないとしても、それが労働者に法的保護に値する期待を生じさせ、使用者がその期待・信頼を損なう行為をしたことが、契約締結過程における信義則違反 (民法1条2項)として使用者に損害賠償責任を発生させることがあります(水町勇一郎『詳解労働法[第3版]』(2023年)東京大学出版会490頁)。

日新火災海上保険事件・東京高判平成12年4月19日労働判例787号35頁は、会社の人事担当責任者が採用面接・会社説明会の場で「中途採用者も新卒採用者と給与条件につき差別をしない」旨の説明をしたことによって、中途採用者に新卒者と同額の給与を支給する旨の合意が成立したということはできないが、会社内部では中途採用者の初任給を新卒者の下限の格付けとすると決定していたにもかかわらず、これと異なる説明をすることによって中途採用の応募者を誤信させたことは、契約締結過程における信義則に違反するとして、これによって労働者が受けた精神的損害について不法行為としての100万円の損害賠償を命じました。

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