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【労災、残業代】給付基礎日額の算定において、時間外・深夜・休日の割増賃金であると明記されていた職務手当等を平均賃金の基礎とした国・渋谷労基署長(カスタマーズディライト)事件・東京地判令和5年1月26日労働判例1307号5頁を解説します。

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1 はじめに


 労災認定された場合、例えば、休業することにより賃金が得られなかったことについて補填するもの等として休業補償給付等が支給されますが、これは、給付基礎日額×休業日×80%(正確には、休業補償給付分が60%、休業特別支給金分が20%)で計算されます。

 給付基礎日額は、原則として労働基準法の平均賃金(労基法12条1項)となりますが、これは、労災事故が発生した日(精神疾患の場合には発病時と判断された日)の直前3カ月間に、その労働者に対して支払われた賃金の総額を、その期間の暦日数で割り、算出します。

 この給付基礎日額を計算するにあたり、残業代(割増賃金)名目で支払われた金員が、残業代(割増賃金)を計算する基礎となる賃金(以下「基礎賃金」といいます。)に該当するか否かで給付基礎日額が大きく変わる可能性があります。

 例えば、基本給15万円、固定残業代15万円の合計30万円が月の賃金として支払われていた場合、基本給15万円のみが基礎賃金であれば、給付基礎日額は、

15万円×3か月÷90日(※)×80%=4,000円

※この90日は暦によって変動します。

ですが、固定残業代15万円を含めることになれば、

30万円×3か月÷90日(※)×80%=8,000円

となり、大きな差が生じます。

 このように、残業代(割増賃金)として支払われた金員が、基礎賃金に該当するかが争われたのが本件となります。

 

2 事案の内容


  労働契約の内容36協定の内容が重要な意味を持ちました。これらに関する事実は以下のとおりです。

 ⑴ 労働契約の内容

  ア 就業時間

    シフト制(所定労働時間は1日8時間、1週40時間以内とする。)

  イ 給料(給料の名目及び金額等)

   a 基本給(月給)  16万円

   b 職務手当     18万円

   c 皆勤手当      1万円

   d 職務手当は、その全額が時間外・深夜・休日出勤割増分として支給される手当である。

 ⑵ 36協定の内容

急な宴会の受注又は急なテレビ取材等による繁忙に限り、1日当たり4時間、1か月当たり45時間、1年当たり360時間を上限として法定時間外労働の時間数を延長することができる旨が定められるとともに、特別条項として、上記の事由が存する場合に限り、労働者の同意を得て、1年間に6回まで、1か月当たり75時間まで上記の時間を超えて延長することができる、という内容になっていました。

 

3 裁判所の判断


 裁判所は、まず、基本給のみを基礎賃金とすると、賃金単価は867円~983円となるが「調理師として一定の職務経験を有する労働者として本件会社に雇用され、本社△△事業部のマネージャーとして、調理業務のみならず、△△各店舗の管理運営に関する業務等も担当してきた原告の地位及び職責に照らし、不自然なまでに低額であると言わざるを得ない」と指摘しました。

 また、「職務手当の全額が労基法37条に基づく割増賃金として支払われるものであると仮定したとき」147~164時間の「時間外労働に対する割増賃金に相当する」ことなるが、36協定に関して延長できる時間外労働が原則1か月当たり45時間とされていること、脳・心臓疾患の労災認定基準において「発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できることを踏まえて判断すると定められている」こと、「本件会社が上記事業場の従業員に対して命ずることができる1か月当たりの法定時間外労働時間数の上限は45時間とされ、1年に6回までは1か月当たり75時間までの法定時間外労働を命ずることができるものとされているのであるから、1か月当たり80時間を超える法定時間外労働を命ずることは予定されていないというべきである。」として「1か月当たり150時間前後という、80時間を大きく超える法定時間外労働は、上記の法令及び労使協定の趣旨に反することは明らかであって、本件労働契約において、このような恒常的な長時間労働を想定して職務手当を支払う旨の合意が成立したと認めることは、労働契約の当事者の通常の意思に反するものというべきである。」としました。

 以上の判示などを踏まえ「本件会社から支払われた職務手当には、その手当の名称が推認させるとおり、通常の労働時間も含め、原告の△△事業部マネージャーとしての職責に対応する業務への対価としての性質を有する部分が一定程度は存在したと認めるのが相当である。」として、職務手当が基礎賃金に該当すると判断しました。

 なお、裁判所は「被告は、職務手当の全額を割増賃金として支給する旨の合意は必ずしも長時間の時間外労働等を原告に義務付けるものではなく、むしろ労使双方にとって一定の合理性があると主張する。しかし、時間外労働が1か月当たり80時間を大幅に超過しない限り、職務手当を超える割増賃金が発生しないという賃金体系は、直ちに長時間の時間外労働等を義務付けるものではないにしても、それを誘発する効果があることは否定し難い。この点は、前記前提事実(3)のとおり、原告が平成27年12月から平成28年6月までの間において80時間を超える法定時間外労働を行った月は4か月であり、うち3か月の法定時間外労働時間数は100時間を超えていることからも裏付けられており、労働者である原告にとって極めて不利益の大きい合意というほかなく、これが当事者の通常の意思に沿うものと認めることはできない。したがって、被告の上記主張は採用することができない。」と判示しており、この部分も重要です。

 

4 コメント


 本件は精神疾患発症事案でしたが、給付基礎日額を争うべき事案は、事故労災にもあります。例えば、事故労災において、後遺障害等級が低いのではないかというご相談をいただくことがあるのですが、検討したところ、後遺障害等級を争うのは難しいけれども、固定残業代の問題があったり、残業時間が十分に考慮されていなかったりという事案が散見され、給付基礎日額をアップできる可能性がある事件があります。

 労災認定がされた方は、一度、給付基礎日額が妥当なのか検討された方がいいでしょう。

幸せな生活を取り戻しましょう